明治のチョコスナック「きのこの山」。パッケージの背景には、優しさを感じる絵柄で、里山と家々が描かれている。なんとこの里山が、売りに出されることになった。
その実態は、メタバースプラットフォームcluster上で「きのこの山」を具現化するプロジェクト「フォレストヒルズ きのこの山」。発売当時から約50年間描かれ、実在しなかった山がバーチャルで形を成し、山内に建てられた分譲住宅をcluster上で購入できる。
このプロジェクトについて、株式会社明治 カカオマーケティング部カカオニュービジネスグループの吉田 伊織 さん、企画・制作を手がけたカゴメディア株式会社の宮内 孝さん、そしてクラスター株式会社で制作管理を担当した伊藤 裕也 さんにインタビューを行った。
そこで見えてきたのは、メタバースの土地を売るという表層的な読み解きとはまったく異なる、コミュニケーションブランドとしての、きのこの山の戦略だった。(ライター=咲文でんこ、編集=MetaStep編集部)
ライター

咲文(さきふみ)でんこ
AI・メタバース・ゲーム業界を追うフリーライター/ジャーナリスト。ゲームライターとしてキャリアをスタートし、テクノロジーの進化と共に取材領域を拡大している。また、ライティングの傍ら、VTuberとしても活動中。
きのこの山は1985年の発売から、誕生50周年を迎えた。吉田さんによれば、このブランドの歴史は大きく前半と後半に分かれるという。発売から約25年は、ほのぼのとしたブランドイメージだったが、転機になったのは2000年前後。
インターネットの普及とともに消費者の間で自然発生的に盛り上がった「きのこたけのこ、どっち派?」の論争だった。2ちゃんねるなどで大きな盛り上がりを見せたこの流れを受け、明治は「どっち派総選挙」を公式に立ち上げた。

「メーカー公認の“じゃれ合い”ですね。『さあ戦え』とまではやっていなくて、じゃれ合ってる姿を眺めている部分があるんです」と吉田さんは笑う。
きのこの山・たけのこの里の話題は、初対面の二人の間でも会話のきっかけになるほど浸透している。この「人と人をつなげるコミュニケーションブランド」としての性格が、今回のプロジェクトの核にある。
では、なぜ今回バーチャル分譲住宅という形を選んだのか。吉田さんはこう語る。「きのこの山は50年のブランドですが、ロングセラーほど古く見えやすい。だからこそ、その時代の最先端のものとコラボしてきました」。

株式会社明治カカオマーケティング部カカオニュービジネスグループ 吉田 伊織 さん
かつてはドコモのiモードを使って総選挙を実施し、近年ではデザイナーのコシノジュンコ氏とのファッションショー「きのコレ」やAIとのコラボも行ってきた。不動産バブルやWeb3の話題が飛び交う時流をパロディにしつつ、メタバースという新しい場にファンの居場所を作る——それが今回の企画の出発点だった。
そしてスタートした当プロジェクト「FOREST HILLS KINOKONOYAMA(フォレストヒルズ きのこの山)」では、メタバースプラットフォーム「cluster」上で「きのこの山」を具現化し、分譲住宅を展開・販売。空間内では「きのこの山」内を自由に散策したり、サウナなどを利用しゆっくり過ごすことができる。また購入した住宅へ友人を招待し、交流することも可能だ。

「きのこの山」内の分譲住宅で楽しむユーザー
興味深いのは、明治がこの企画をあくまで「情報発信」として位置づけている点だ。吉田さんは「500邸が売れることを目標とした数値KPIは置いていない」と断言する。限定数量にしたのは、誰でも手に入るものにすると話題性が弱まるためであり、「何この企画?」という驚きと感情の動きを生むための設計だという。
「買った人は絶対誰かに見せてくれると信じています。『買っちゃったよこれ』って。それ自体がコミュニケーションになります」(吉田さん)。物理カードキーやNFT付き権利証書などのリアルグッズを付けたのも同じ文脈だ。所有欲を刺激するためだけではなく、手に取れる「話のタネ」を生むためでもある。
実際、プレスリリースが出た当日の夜、cluster内では「誰か買ってよ」「買ったら招待して」と盛り上がるユーザーの姿があった。筆者自身もその場に居合わせたが、まさに吉田さんの言う「コミュニケーションが生まれるきっかけ」そのものだ。
(左)物理カードキー (右)権利証書
購入は公式サイト「きのたけ不動産」より先着順で可能だ
バーチャル空間の制作を担当したクラスターの伊藤さんによると、明治とカゴメディアから最初に共有されたコンセプトは「もしも、きのこの山が現実世界にあったら。」パッケージのイラストをそのままトゥーン調で再現するのではなく、リアルなホテルや実在する山を参考にした、ラグジュアリーで本物感のある空間を作るというものだった。「実写版きのこの山ですね」と伊藤さんは表現する。


建築家が設計に参加しており、宙に浮く階段などメタバースならではの挑戦的な構造が盛り込まれている一方、床材の一枚一枚の素材感や質感といったリアル建築のこだわりも反映されている。クラスターはそこに操作しやすい導線設計や初心者への配慮という知見を活かして空間に反映していった。
時間帯は「夕方のマジックアワー」に固定されており、一日の終わりに向かう温かな空気感を演出するために、光源やライティングが何度も調整されたという。きのこ型のランプが柔らかく光るのも、この時間帯だからこそ映える。

山と自然を大切にし、切り開いて開発したのではなく「共存している」世界観。SF的な未来感ではなく、温かみとコミュニケーションを重視した空間設計は、きのこの山というブランドの性格と深く結びついている。

今回の企画を語る上で避けて通れないのが、「メタバースの土地」「NFT」というキーワードへの距離感だ。各社とも「バーチャル空間の区画に金銭的価値をつけること」自体が目的ではないことを強調する。
「一番やりたかったのは“分譲”という表現をしたかったということ」と宮内さん。不動産パロディとしての面白さが先にあり、分譲というからには実際に売る必要がある、売るなら家がなければならない、そして家を作るならメタバースだよね、という延長線上で形になったのだという。NFTもまた、購入体験の一部としての権利証書という位置づけだ。

カゴメディア株式会社 宮内さん
一方で、NFTやメタバースの土地販売にまつわるネガティブなイメージがあることも、関係者は十分に認識している。クラスターの伊藤さんは「バーチャル空間の経済圏をどう作るかは真剣に取り組んでいかなければならない課題」としつつも、無限に複製できるデジタル空間の区画そのものに値段をつける発想とは一線を画す姿勢を見せた。
かつてネガティブに語られることも多かったこれらの技術が、ブランドコミュニケーションの手段として「怪しくない使い方」に昇華されたこと。それ自体が、メタバース産業にとって一つの前進と言える。

クラスター株式会社 伊藤 裕也さん
住宅の利用期間は2029年3月まで。2026年5月上旬にはエントランスエリアが一般公開される予定で、飛空艇の上から山を見下ろし、購入者の家が並ぶ風景を眺めることができるという。吉田さんは「ユーザー自身が我々の想像を超えるコミュニティやイベントを起こしてくれるだろう」と期待を寄せる。


4年後にはたけのこの里が50周年を迎える。「日本の半分以上がたけのこ派」という吉田さんの言葉通り、すでにたけのこファンからは期待の声が上がっているようだ。きのこの山で始まったこの実験が、どのような形で次につながるのか。メタバース住人としても、一人のきのこたけのこファンとしても、楽しみに見守りたい。