
投資や技術の文脈で語られることの多かったNFTは、いま地域、観光、コミュニティ、ファンづくりの現場で、新たな価値を生み出す手段として活用され始めている。本連載では、NFTの社会実装に挑む実践者を訪ね、構想の背景、現場での試行錯誤、そこから得られた実践知をひもとく。第1回では、日本郵便の地域共創事業部に所属し、島根県大田市大森町を舞台に世界遺産・石見銀山でNFTを活用したデジタルスタンプラリーに取り組む松浦僚馬さんに話を聞いた。地域の課題に寄り添いながら、デジタルとリアルを重ね合わせ、観光客と地域の関係をどう育てていくのか。その実践には、地域ビジネスのこれからを考えるヒントが詰まっている。(文=JMPプロデューサー長谷川浩和)
お話を伺ったのは…

日本郵便株式会社 地域共創事業部 係長
松浦僚馬さん
2017年、日本郵便株式会社に入社。郵便局窓口のデジタル化推進やアプリ開発を経て、2024年4月に「ローカル共創イニシアティブ(LCI)」で、島根県大田市の一般社団法人石見銀山みらいコンソーシアムへ2年間出向。派遣中に取り組んだWeb3やNFTの実証を基に、2026年4月からは日本郵便に復帰し、地域と郵便局を掛け合わせた新たなエコシステムの構築に取り組んでいる。趣味は出向後に始めた釣りとドライブ。
(写真提供:日本郵政株式会社JP CAST)
そもそも日本郵便が、なぜNFTを活用して地域共創に取り組んでいるのか。その背景には、日本郵政グループが推進する「ローカル共創イニシアティブ(LCI)」の存在がある。LCIは、社会課題解決に取り組む地域のベンチャー企業や地方自治体などに社員を派遣する取り組みだ。地域での共創ビジネス創出や人材育成、持続可能な地域社会づくり、郵便局の新たな役割の模索を目指している。NFTを活用した地域共創はLCIの一環で、松浦僚馬さんが島根県大田市大森町の一般社団法人に派遣されたことがきっかけではじまった。
(松浦さん提供資料より引用)
今回お話を伺った松浦僚馬さんは、郵便局の現場業務から本社でのデジタル施策まで、幅広い業務を経験してきた。2017年に日本郵便に入社した松浦さんは、京都での郵便局勤務からキャリアをスタートさせた。
「入社1年目は京都の郵便局で郵便配達や窓口業務を一通り経験し、その後は金融事業の営業や業務指導を担当しました」(松浦さん)
4年目からは東京にある本社へ異動し、デジタル化推進に携わった。
「コロナ禍で急激にデジタル化を進める必要があり、郵便局窓口へのタブレット端末の導入やセルフレジの試行、さらには郵便局アプリの開発などに取り組んできました」(松浦さん)
そうしたデジタル施策に関わる中で、松浦さんはNFTを活用した取り組みに触れ、その可能性に関心を持つようになった。そして2024年4月、LCIの制度を通じて島根県大田市にある一般社団法人石見銀山みらいコンソーシアムへと派遣されることになった。
日本郵政グループが持つ強みの一つは、全国津々浦々に広がる郵便局のネットワークである。
「日本郵便が拠点として持っている郵便局は全国に2万4,000以上あり、コンビニエンスストアよりも多く、どのような市町村にも必ず存在し、長年培ってきた地域密着の事業基盤を持っています」(松浦さん)
郵便局がそれぞれの地域で築いてきた関係性を活かすことで、新しい価値を生み出すことができる。この巨大なネットワークとNFTというデジタル技術を掛け合わせることで、地域に新たな人の流れとつながりを創出することが本プロジェクトの狙いである。
人口減少が進む中で、全国2万4000の郵便局の事業基盤を持続させるための切実な挑戦として、「それぞれの地域が自分たちらしく、元気に活性化していくことが、ひいては全国に拠点を持つ日本郵政グループの事業にもつながると考えています」(松浦さん)
地域課題に向き合うことは、一過性の社会貢献ではない。地域を元気にすることが、郵便局の事業基盤を持続させることにもつながる。その視点が、郵便局を「地域のハブ」へと広げていく原動力になっている。
松浦さんが派遣先として身を投じた島根県大田市大森町(石見銀山エリア)は、実は自身にとっても深い縁のある場所だった。
「大田市内には祖父母の実家があり、子どもの頃からお盆などに帰省していた縁のあるエリアでした。しかし、年々人が減り、お店がなくなり、過疎が進んで地域から元気が失われていくのをずっと肌で感じていたのです」(松浦さん)
現地に入って見えてきたのは、日々の暮らしに直結する地域課題だった。
「町の人口は400人に満たず、毎年10人ずつ減少し続けています。最寄り駅までは車で30分かかり、バスは1時間に1本程度。町にはコンビニエンスストアもスーパーマーケットもないという環境でした」(松浦さん)
そのような厳しい状況の中、こうした地域課題に向き合う組織の一つが、松浦さんの出向先である「一般社団法人石見銀山みらいコンソーシアム」である。この組織は、自然・歴史・暮らしからなる石見銀山の資産を生かし、地域に関わる人々や団体、企業と目標や課題を共有しながら活動する共同体である。
「コンソーシアムは、観光だけでなく、防災、教育、福祉といった4つの部会を設け、日々の暮らしに直結する幅広い課題に取り組んでいます」(松浦さん)
このコンソーシアムでは、移住してきた30代、40代を中心とする若い世代も活動の担い手になっている。住民自らが暮らしやすい町を持続させるため、日々の活動を積み重ねている。
このような地域でNFTを活用するにあたり、松浦さんが最も重視したのは、技術の導入を急ぐのではなく、まず「地域に深く入り込むこと」だった。
「いくら地域に根差した郵便局を拠点にもつ日本郵便の人間といえども、外から突然やってきて新しい技術を持ち込もうとしても、すぐには受け入れてもらえません。そのため、まずは溝に溜まった土砂の掃除や草刈りといった、地域の皆さんが生活で困っていることの解決や草の根の活動に自ら積極的に参加しました」(松浦さん)
技術ありきで物事を進めるのではなく、まずは地域住民のリアルな困りごとに耳を傾け、共に汗を流して信頼関係を築く。こうした地道な関わりを重ねたからこそ、後にNFTを地域に受け入れてもらうための土台が、少しずつ築かれていったのである。
世界遺産である石見銀山も、観光面では大きな課題を抱えていた。
「観光客数は、世界遺産に登録された2007年には年間約80万人に達していましたが、2024年には26万人まで減少しています」(松浦さん)
(日本郵便株式会社資料より引用)
ピーク時と比べると、観光客数は3分の1程度にまで落ち込んでいる。しかし、課題は単なる来訪者数の減少だけにとどまらなかった。
「メインの施設である江戸時代中頃に開発され、長さ600mに及ぶ大坑道『龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)』などの限られたスポットだけを見て帰ってしまう観光客が多く、地域内での周遊性が大きく落ちていることがより深刻な課題でした」(松浦さん)
観光客が特定の場所に集中することで、町並みエリアなどへの来訪が伸びにくくなり、地域全体に人の流れや消費が広がりにくい構造が生まれていた。さらに、観光客の減少と周遊性の低下は、地域住民の生活にも直結する。
「観光客が来なくなると、地域で飲食店などを営んでいる住民の方々のビジネスが成り立たなくなり、お店が閉まってしまいます。それは結果的に、地域住民の生活インフラが失われるという悪循環を生み出していたのです」(松浦さん)
こうした状況を変えるうえで重要になるのが、データの活用である。しかし、観光地には特有の難しさがあった。
「観光の文脈においては、観光客がどういうルートで巡っているのか、どれくらいリピートしているのかを地域側がまったく把握できないという問題がありました。一般的な企業であれば、会員登録などを通じて顧客とつながり、効果的なマーケティング分析ができるのに、それができなかったのです」(松浦さん)
観光客との接点が「その場限り」で終わってしまい、再訪を促すためのアプローチができない。この状況を打破するためには、発想の転換が必要だった。
「『集客』を増やすことだけでなく、一度訪れてくれた人と、どう継続的につながっていくのか。そこに課題があると考えました」(松浦さん)
観光客との継続的な接点を作り、地域ファンを育てる。その手段の一つとして、松浦さんが可能性を見出したのがNFTだった。
「NFTを、売買して利益を得るための投資的な道具としてではなく、持っていることで特典が得られるなど、地域との接点や来訪の証を記録する仕組みとして捉えました。特に可能性を感じたのは、個人情報を取得しなくても、施設訪問などの行動履歴が蓄積される点です。地域側にとっては、観光客と継続的につながるためのCRMの入り口にもなると考えました。また、一般的なデジタルスタンプラリーは企画ごとにデータが独立してしまいがちですが、NFTを使えば、異なる施策や次回以降のイベントでもブロックチェーン上にデータが連動・蓄積し、地域ファンと継続的につながるCRMの基盤にできる点に最大の可能性を感じました。」(松浦さん)
(日本郵便株式会社資料より引用)
プロジェクトの第一弾として実施されたのが、広島市で開催された「しまねふるさとフェア2025」での実証実験だ。
「PRイベントで『石見銀山お招きNFT』を配布したところ、300人以上の方が受け取ってくれました。さらに驚いたことに、その後の雪の多い冬の時期にもかかわらず、実際に6人の方がNFTをきっかけに現地を訪れてくれたのです。人が動く可能性を確信しました」(松浦さん)
この手応えをもとに、石見銀山エリア内で展開されたのが「デジタルスタンプラリー」である。これは、地域内の観光施設や飲食店、そして郵便局などを巡ることで、施設ごとに限定のNFTを受け取ることができるという設計だ。
「スタンプラリーのリストに載っていることで、初めて来た観光客でも『どこに行けばいいか』が分かり、自然と地域内を周遊するようになります。また、自然、歴史、食など様々なテーマの施設を組み込むことで、それぞれの興味に合った魅力を発見してもらえるようにしました」(松浦さん)
実装にあたって重視したのは、観光客に負担をかけないことだった。SUSHI TOP MARKETING株式会社の技術を活用し、複雑な手続きをできるだけ抑えた。
「一般的なデジタルスタンプラリーと異なり、専用アプリのダウンロードや新たな会員登録は不要で、LINE上で完結します。多くの方が日常的に使っているLINEアプリを用いて、各スポットの二次元コードを読み取るだけで、その場ですぐにNFTを受け取れるようにしました」(松浦さん)
(日本郵便株式会社資料より引用)
NFTは、観光客にとっては「旅の記念」となり、地域にとっては観光客との「デジタルの接点」となる。技術を前面に出しすぎず、観光中でも迷わず使える体験にしたことが、このプロジェクトの特徴である。
NFTを幅広い層の観光客に使ってもらうためには、技術的な理解よりも「体験の価値」を優先する必要があった。
「アンケートを取った結果、参加者のほとんどはNFTという言葉すら知りませんでした。しかし、それでいいと思うんです。技術的な理解をしていただくよりも、いつでもスマホで見返せる『旅の記念になる』ことや、集めることで『割引などの特典が受けられる』といった、生活者目線での利便性を伝えることを重視しました」(松浦さん)
実際、観光客が求めているのは「技術の先進性」ではなく「楽しい観光体験」である。そのため、NFTを受け取る画面では複雑な説明を省き、後からゆっくりと各施設の情報やNFTの仕組みを読み返せるようなUI/UXの改善を繰り返したという。
結果として、デジタル施策は若年層だけのものではないことも見えてきた。スタンプラリーの参加者層で最も多かったのは50代だった。石見銀山でのデジタルスタンプラリーは複数回実施され、2025年4月から施設や店舗、郵便局を対象にした3回の実施では、5,000人が参加した。
そして、この取り組みは観光客に楽しさを提供しただけでなく、地域側の議論にも具体的な変化をもたらした。
導入にあたっては、地域の方や行政に対して『NFTとは何か』という技術的な説明はあえて控えました。代わりに『これを使うと何ができるか』というメリットを伝えたのです。特に喜ばれたのは『データによる可視化』でした。
「取得されたデジタルスタンプのデータをもとに、各スポットでの取得数やスポット間の移動人数を可視化しました。観光客がどこを巡っているのかを、地域の関係者が同じデータを見ながら議論できるようになったことは大きかったです」
NFTを暗号資産のような金融的なものではなく、個人情報不要で継続的な接点を持てる『デジタルマーケティングツール』として説明し、理解を得ていきました。(松浦さん)
(日本郵便株式会社資料より引用)
データが見えるようになったことで、地域課題に対する議論も具体性を増したという。
「例えば、レンタサイクルの置き場を町の入り口に移動させた結果、観光客がどう動いたかというリアルな数字が見えてきました。想定とは異なる動きもデータで見えるようになり、メイン施設に向かう前に、どう町並みエリアを巡ってもらうかといった議論ができるようになりました。データが見えることで、改善策を考える土台ができたことは大きな成果です」(松浦さん)


(日本郵便株式会社資料より引用)
こうした取り組みは外部からも評価されている。日本郵政グループが石見銀山エリアなどで進める「地域共創NFTプロジェクト」は、日本Web3ツーリズム協会が主催する「Japan Tourism NFT Awards 2025」の誘客・プロモーション部門でグランプリを受賞した。2026年3月末時点では、延べ6,600人に28,000個のNFTを配布している。
(日本郵政株式会社4月16日リリース資料より引用)
石見銀山でのNFTを活用したデジタルスタンプラリーは、一つの地域の実証にとどまらず、他地域にも広がり始めている。
「石見銀山で得られた成果やデータは、島根県西部9市町での広域スタンプラリーや、宮城県東松島市での地域周遊を促す取り組みなど、他地域での実装にもつながっています」(松浦さん)
(日本郵便株式会社資料より引用)
NFTを活用したこの取り組みの本質は、一時的な集客イベントではなく、地域と人の持続的な関係性を構築することにある。
「NFTの仕組みを使うことで、観光客を一度きりの来訪者で終わらせるのではなく、LINE上でつながりを持ち続けることができます。継続的に地域の情報を配信し、再訪を促したり、離れた場所から特産品を購入してもらったりする。そうした多様な関わり方を提供できるようになります。つまり、地域ファン、すなわち関係人口を育てていくための基盤になるのです」(松浦さん)
松浦さんは、地域で新しい取り組みを進めるうえで大切な視点をこう語る。
「新しいことを地域でやる時に一番重要なのは、技術ありきで進めることではありません。関係者それぞれのやりたいことや喜ぶことを丁寧につなぎ合わせ、『Win-Winの関係』から始めることです。今後は、我々日本郵便単独で完結するのではなく、JMPのようなメディアや様々なプレイヤーとも共創しながら、様々な地域でも取り組んでいきたいですそれが結果的に、地域全体の課題解決へとつながっていくのだと思います」(松浦さん)
日本郵便が持つ全国2万4000局というリアルな拠点ネットワークと、NFTというデジタルの証明書。この二つが掛け合わさることで、郵便局は、郵便物や荷物を届ける拠点にとどまらず、人と地域をつなぐ「地域のハブ」へと役割を広げつつある。投資や技術の文脈で語られることの多かったNFTは、いま地域や観光、コミュニティ、ファンづくりの現場で活用され始めている。
石見銀山エリアの観光客数が、世界遺産登録時の80万人から2024年には26万人まで減少しているというデータを見せていただいた時、著名な観光地であっても、来訪を継続的な関係につなげることの難しさを改めて感じました。来訪者を増やすだけでなく、地域内での周遊や消費、再訪につなげる仕組みづくりの重要性を痛感しました。
その中で、石見銀山みらいコンソーシアムのもと、移住者を含む若い世代が地域課題に向き合い、観光だけでなく暮らしの基盤づくりにも関わっている姿が印象に残りました。また、NFTという、まだ一般には分かりにくさの残る技術を単なる「目的」とするのではなく、地域課題を解決するための「手段」として捉え、関係者や利用者にメリットを丁寧に伝え続けてきた松浦さんの姿勢にも学びがありました。
「地元を盛り上げたい」「リアルな課題をなんとかして解決したい」という思いと、草の根の活動も厭わない地道なアクションの積み重ねが、今回の成果につながっているのだと思います。この取り組みが、地域課題に向き合う自治体や事業者にとって、一つの実践的なヒントになっていくことを期待しています。(JMPプロデューサー 長谷川浩和)