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2026.07.10

「“あっちいって”が嬉しかった」。声をかけ続ける先生たち【連載】「教室を飛びこえて」第8回

「今日は来てくれてうれしいよ!」2Dのメタバース上で、先生がチャットを送る。相手は、不登校の小中学生。時間をかけてゆっくり、一言コメントを返してくれる時もあれば、まったく反応が無い時もある。「それでも手を差し伸べ続けます」そう語るのは、オンラインフリースクール「シンガク」の先生方。
シンガクでは、毎日、メタバース内の教室で授業を行う独自の教育環境を通じ、不登校の子どもたちに向けた社会的自立を支援しています。日々交わされる教室でのやり取りを覗くと、温かいケアを続ける先生、そして少しずつ心の扉を開く生徒たちとの絆が見えてきました。(文=MetaStep編集部)

お話を伺ったのは

シンガク_村上_プロフィール写真

オンラインフリースクール シンガク
教室長 村上実優さん

シンガク_樋口_プロフィール写真

オンラインフリースクール シンガク
先生 樋口紫乃さん

不登校の増加と、見えにくい社会課題

年々増え続ける不登校児童生徒数(※)。いまや子ども本人だけの問題ではなくなっています。子どもが学校へ行けなくなると、保護者が日中の見守りのために働き方を変え、時には離職をするケースがあります。家庭の収入が減少し、経済的な負担につながります。(※)文部科学省 不登校の現状と対策について

村上さんは「学校に行かないことより、不登校になった時に適切な支援や教育につながれないことが課題だと考えています」と話します。
いまは学校に通うことだけが教育ではありません。不登校になった子どもが安心して学び続けられる選択肢を社会全体で用意することが求められています。その選択肢の一つとして、近年注目されているのが民間の教育施設「フリースクール」です。さまざまな理由で学校に通えない小中高生に向け、学習支援や心のケア、集団生活を通じた社会体験を提供しています。

その中で「シンガク」は、小学4年生から中学3年生までの不登校児童生徒を対象としたオンラインフリースクール。
平日の10時から18時まで開校しており、子どもたちは自宅からメタバース空間にログインして活動します。学習面ではICT教材「すらら」を活用し、国語・算数(数学)・理科・社会・英語の5教科を学習できます。無学年式教材のため、一人ひとりの理解度や進度に合わせて学び直しができる点も特徴です。

シンガクの教室全体マップ。毎日先生・生徒がログインし、学習教材を進めたり、チャットで雑談することが可能

 学習のカリキュラムは存在するものの、生徒のペースに応じて進めています。総合学習の時間では「マインクラフト」を用いた学習など、日によってさまざまな授業を用意。
マイクもカメラも、生徒の自由。それゆえ、顔出しはしなかったり画面はオフのまま参加する子がほとんど。

心理的な障壁を下げるために「メタバース」を選んだ

シンガクの最大の特徴はメタバースを活用している点ですが、その目的は先端技術の導入ではありません。あくまでも子どもたちが参加しやすい環境をつくることにあります。

「学校生活に強いストレスを感じてきた子どもたちにとって、『顔を見せる、声を出す』といった行為そのものが大きな負担になることがあります。アバターを介することで、そうした心理的ハードルを下げられます」(樋口さん)

授業運営にも工夫があります。発言を強制したり指名したりすることはほとんどありません。チャットによる参加を基本とし、回答しやすい選択式のクイズを取り入れるなど、小さな参加体験を積み重ねられる設計になっています。


自学習とは別の、対面式授業の風景。生徒のほとんどは顔出しせず、チャットで参加

※定期的にイベントも開催。MetaStepでも取り上げているのでぜひご覧ください
学校の枠を飛び越える。仮想空間のアート展

さらにシンガクでは、あえて3Dではなく2Dのメタバース空間を採用しています。その理由に3D空間には、PCへの負荷や操作の難しさ、「3D酔い」といった課題が挙げられます。失敗に対して敏感だったり、精神的に不安定な不登校生徒にとって、余計なハードルはなるべく取り払いたいところ。参加のしやすさを最優先し、酔いやすい設計もなし。学校配布の端末でも利用しやすく、視覚的にストレスのない2D環境を選択しています。

フリースクールが目指すのは「学校の代替」ではない

フリースクールというと、学校に代わる教育機関というイメージを持つ人も少なくありません。しかしシンガクが目指しているのは、学校を置き換えることではありません。元教員でもある樋口さんは自身の経験から、こう語ります。
「学校はどうしても集団生活が前提ですし、成績評価や人間関係など、多くの要素が同時に存在します。その環境内で苦しさを感じる子どもたちにとって、まず必要なのは安心して過ごせる場所です」 

教室内での集合写真

「シンガクでは、子どもたちがありのままの自分でいられることを大切にしています。得意なことから始めてもいい。話したくない日は無理に話さなくてもいい。そのような安心感の中で、少しずつ自信や意欲を取り戻していくことを目指しています」(村上さん)。元々は個別指導塾の教室長だった村上さん。一人ひとりに寄り添った配慮を心がけています。

実際、声をかけても反応が全くない生徒もいるといいます。それでも先生方は「今日入ってくれてうれしいよ」など声をかけ続けます。大事なのは生徒自身から扉を開いてもらうことなのです。
「反応が無くても、手を差し伸べ続けます。そういった子どもたちは、自らアクションを起こすエネルギーが、今はないんです。だから、先生が気にかけなくなった瞬間を敏感に感じ取ります。『見放された』と感じるかもしれません。画面の向こうでは不安な子どもがいることを忘れないようにしています」(村上さん)

「“あっちいって”が嬉しかった」。小さくも、大きな成長

実際、シンガクでは子どもたちの変化が生まれています。
例えば、入会当初はベッドの上からチャットだけで参加していた生徒がいました。「自分の声がキライ」と強いコンプレックスを抱いており、マイクを使うことも拒んでいた様子。

しかし、週1回の個別面談や日々のコミュニケーションを重ねる中で少しずつ信頼関係が生まれ、ある日初めてマイクをオンにして話してくれたといいます。「本人にとってはすごくハードルが高かったと思います。本当にうれしかったですね」(村上さん)。その後は徐々に活動範囲が広がり、リアルイベントへの参加や通信制高校への進学にもつながりました。

また、別の生徒は卒業直前に初めて全体の前で声を出しました。その瞬間、他の生徒たちから歓声が上がったといいます。「マイクオンにした子を、生徒みんなが『めっちゃイケボ(かっこいい声)やん』とか言って盛り上がってましたね。シンガクに来る生徒は、それぞれ悩みを持っています。だから一歩踏み出した子がいると、やっぱり優しい気持ちになれるんでしょうね」そうしたコミュニティが形成されていることも、シンガクの大きな価値の一つでしょう。

オンライン卒業式での様子。顔も声も出さないものの、チャットで卒業ソングを大合唱する場には、子どもたちの熱量が確かに存在する

シンガクでの活動は、保護者の安心にもつながっています。
「仕事中や、生徒が部屋に閉じこもっているときなど、直接様子を見られない保護者にとって、外部と繋がりをもって過ごしていることに大きな安心を感じていただいています。『部屋から笑い声が聞こえるようになった』『友達と話す姿を見られるようになった』というお声もいただいています」(村上さん)

その中でも印象的なエピソードを村上さんは語ってくれました。
「シンガクではリアルイベントを開催しているんですが、そこに勇気を出して、お母さんと一緒に娘さんが来てくれたんです。もともと、お母さんのそばから離れられない小学生のお子さんで、どこに行くにもお母さんと手を繋いでおかないといけなかったそうです。
そこで友達と楽しく話しているのを見られたのが恥ずかしかったのか、お母さんに『恥ずかしいからあっちいって』と言ったそうです。お母さんにとっては、それがすごく嬉しかったそうで。『涙が出ました』とおっしゃってくださいました」(村上さん)

支援につながれない子どもたちへ

シンガクは現在、民間フリースクールとしての活動に加え、自治体との連携にも力を入れています。背景にあるのは、不登校児童生徒の約4割が十分な支援につながれていないという現状です。
大規模自治体ではメタバースを活用した支援事業が始まっていますが、小規模自治体では予算や人材不足によって導入が難しいケースも少なくありません。

そこでシンガクは、複数自治体が一つのメタバース空間を共同利用する「共同利用型メタバース教育支援センター」の取り組みを開始しました。自治体同士でコストを分担することで、より多くの地域で支援を実現しようとしています。
樋口さんは「シンガクに限らず、どこかにつながれる状態をつくることが大切です。一人で抱え込まない、ご家庭だけで抱え込まない社会にしていきたい」と語ります。

学校に通うことだけが学びではありません。そして、不登校は決して人生の行き止まりではありません。
メタバースという新しい居場所は、子どもたちが再び社会へ踏み出すための入り口として、これからますます重要な役割を担っていくことになりそうです。