教育現場におけるメタバース活用事例を紹介する当連載。今回は、大阪府立工芸高等学校インテリアデザイン科で進められている実践に迫ります。
同校では、生徒作品のデジタルポートフォリオ化や企業との産学連携、さらには全国の高校との交流など、メタバースを活用した新たな学びの可能性を模索してきました。しかし、その実現までの道のりは決して平坦なものではありません。前例の少ない技術的な課題や学校ネットワークの制約など、数々の壁を乗り越えながら取り組みを形にしてきたといいます。
今回は、その挑戦を牽引してきた大阪府立工芸高等学校の岡田依子先生と篠原真奈先生に、メタバースプラットフォーム「cluster」よりインタビュー。メタバース導入のきっかけや苦労、教育現場だからこそ見えてきた価値、そして未来の学びへの展望について伺いました。(リード文・編集=MetaStep編集部、本文=クラスター 佐久間楓さん)

大阪府立工芸高等学校
インテリアデザイン科 科長
教諭 岡田 依子 先生

大阪府立工芸高等学校
インテリアデザイン科
教諭 篠原 真奈先生
大阪府立工芸高等学校インテリアデザイン科では、作品展示・企業との産学連携・他校との交流にメタバースを活用しています。具体的には、生徒の作品をデジタルポートフォリオとしてメタバース上に蓄積・展示する取り組みや、近鉄不動産株式会社との連携協定のもとバーチャルあべのハルカスでのイベントへの参加などを行っています。
さらに岡田先生は、全国高等学校インテリア科教育研究会に加盟する21校の先生方と連携したメタバース空間での取り組みを提案しており、公立高校では難しかった全国規模の学校間連携をメタバース上で実現しようとしています。
今回は取り組みを推進する岡田先生と篠原先生に原動力となる思いや今後の展望などをお伺いしました。
2023年、岡田先生がメタバースに注目したきっかけは、当時話題になっていたメタバース×ファッションの動向でした。大阪府立工芸高等学校にはファッションの授業があり、「その授業でメタバースを使えたら面白いのでは」という思いが出発点でした。さらに、生徒が制作した立体作品をメタバース空間で提案できるデジタルポートフォリオの場になるのではという可能性も感じ、本格的にチャレンジすることを決めたといいます。
同じ時期に、メタバースプラットフォームであるcluster上に大阪府教育庁の空間である「EEnen(ええねん)」がオープン。それをきっかけに、学校のネットワークからメタバースへアクセスできる環境が整い始めました。

「しかし、いざ始めようとしても何から手をつければいいのかが分からない。だからclusterの担当者の方にメールで聞きました」と岡田先生は振り返ります。
この問い合わせをきっかけに、生徒が授業で制作した作品をメタバース空間にアップロードして展示するという方向性が定まりました。
しかし、さらなる問題も発生。それはメタバース空間にアップロードする手段がみつからなかったことです。当時の大阪府立工芸高等学校の授業で使われていた3DCG制作のソフトは、建築・インテリア業界で広く使われるCAD。UnityやBlenderといった3DCGの制作で使われるツールとは異なるため、メタバース空間にアップロードする手順がほとんど世に出ていませんでした。

「ただ、CADで作ったデータでもメタバースに持っていけるはずだという仮説はあったので、何度も様々な情報を探しました。そして、役に立ちそうな情報はすべて試し、失敗の繰り返しでした」と2人は当時を振り返ります。
その時に技術面を支えたのが、岡田先生の教え子でもある篠原先生です。子どもを寝かしつけた後、深夜に一人でパソコンに向かい、やり方を探し続ける日々を送りました。
「とにかく闇雲に調べるしかない状態で。全然参考にならない情報も多かったですが、とにかく調べました」と篠原先生は振り返ります。
結果として実際にメタバース空間にアップロードできるまでは約4ヶ月かかりました。それだけの時間をかけて、ようやく生徒が制作した作品をメタバース空間にアップロードすることができたのです。
技術面の課題と同時に、もう一つ立ちはだかったのが学校のネットワーク環境でした。「校内の無線LANではセキュリティの関係でメタバースに入れなかったのです。教育庁へ申請を出してもなかなかうまくいかず、最初は自分たちのスマートフォンでテザリングして繋いでいました」と岡田先生は話します。
ネットワーク環境については、多くの学校が同じ課題を抱えています。その理由として、ネットワークの設定を変更するには、学校単位で変更するのが難しく、教育庁などで設定を変更する必要があるからです。多くの学校において、申請から承認まで最短でも3ヶ月かかると言われる中、岡田先生・篠原先生がこの壁を乗り越えられたきっかけは、大阪府教育庁が大阪・関西万博に向けて推進していた「EEnen(ええねん)」の空間を活用したイベントへの参加でした。
「大阪府教育庁が行っているメタバース空間のイベントに参加するため必要であるということを訴えてネットワークの設定変更をお願いしました。イベントの重要性から期日が迫る中でしたが、すばやい承認が下りました。と岡田先生は振り返ります。大阪府立工芸高等学校の生徒もそのイベントに参加する立場にあったことで、交渉の糸口が生まれたのです。
承認する側と事前に共通理解を得ておくことが、セキュリティの壁を越える近道だと岡田先生は語ります。この言葉は、多くの学校が共通して抱えるネットワーク課題の解決へのヒントになりえます。
メタバースには、通常の授業にはない強みがあります。現実の空間では卒業とともにリセットされてしまう作品や知見が、メタバース上には残り続けることです。
大阪府立工芸高等学校では、先輩が制作したデータに後輩がアレンジを加えてアップロードしていく形で、毎年作品のクオリティが積み上がっています。著作権の扱いについては先輩の著作権について先輩本人と文書で確認・許諾を得た上で、「自分の作品が次の世代に引き継がれる」という体験は、通常の授業ではほとんど得られないものだと岡田先生は言います。

こうした環境が、生徒の意識にも変化をもたらしています。近鉄不動産株式会社との連携では、昨年実施した「暮らしのかたち展」で生徒が自分たちの制作した家具をメタバース空間のユーザーに直接プレゼンする機会も生まれました。
さらに、メタバース制作をきっかけに、卒業後に自らメタバース空間で身に付けられるアクセサリー・アバターなどを制作・販売するようになった教え子が現れたそうです。こうした卒業生の活動は在校生たちも大いに刺激を受けていると岡田先生は話します。授業で培った創作への姿勢が、メタバースを通じた新たな創作活動へのきっかけにつながっているのです。
取材の最後、これからメタバースを取り入れようとしている先生たちへのエールを求めると、岡田先生はこう答えました。
「教育でのメタバースはまだ未知の領域だと思っています。だからこそ、定義するのはあなた自身です。怖がらずにやってみてください」
さらに、篠原先生も続けて「メタバース導入は正直に言うと、とても大変です。しかし、その苦労を上回る価値があると感じています。ぜひ多くの先生方に取り組んでもらえると良いと思います」とエールを送ります。
「メタバースを使うこと」が目的ではなく、生徒の学びをどう広げるかを起点に試行錯誤を重ねてきた2人の先生。その言葉には、手探りで道を切り開いてきた実感が宿っています。
今回の取材を通じて印象的だったのは、岡田先生も篠原先生も、困難な状況の中で「できない理由」ではなく「どうすればできるか」を探し続けてきたことです。
前例のないことに対する取り組み・メタバースプラットフォームに繋がらないネットワーク環境、それでも4ヶ月かけて道を切り開いた2人の姿勢は、メタバース活用に踏み出せずにいる先生方にとって、何よりの後押しになるのではないでしょうか。
教育でのメタバース活用がまだ「未知の領域」だからこそ、その可能性を形にするのは現場の先生方自身です。大阪府立工芸高等学校の実践が、全国のインテリアデザイン科、そしてより広い教育現場に広がっていくことを期待しています。