Web3やメタバースは、教育現場にも活用され、座学ではない新しい学びの形を生み出しています。しかし学校から発信ができていない事例もあり、その取り組みが知られないまま終わってしまうこともあるようです。そこでMetaStepでは教育関係者と連携し、教育現場の活用事例を紹介する連載コラム「教室を飛びこえて」をスタートします。
記念すべき第1弾は、鹿児島県南さつま市の希望が丘学園鳳凰高等学校さん。
文部科学省が推進するDXハイスクール事業の中でも、全国に10校しかない「特色化・魅力化型 重点類型校」として、高校普通科の新しい特色や魅力の充実を図っています。その中でも注目すべきは、校内のデジタルものづくり教室「d-Lab」。ここを拠点に、XRやメタバースといった先端技術を用いた新たなプロジェクトが日々生まれています。
当連載では同校が進める「バーチャル鳳凰高校プロジェクト」「3DCGを活用したまちづくりプロジェクト」にフォーカス。生徒が主体となってプロジェクトの進行や制作を行う中で、先生や学校はどのように支援し、子どもの学びを促進しているのでしょうか。d-Labを拠点に活動をおこなうサイエンスクラブ顧問の同校の理科担当教員 中村 太悟先生自ら、その様子をご寄稿いただきました。
※MetaStep Magazineでの取材「教育現場を変えるVR活用 生徒の自主性を引き出す「共学」の挑戦」もご覧ください

希望が丘学園鳳凰高等学校
中村 太悟 先生
理科担当教員。生徒主体の活動を重視し、地元の資源を活用したプロジェクトを推進する。観光教育や海洋教育等に携わり、教育実践研究論文で優秀賞を受賞。近年は深海魚を活用するなど多彩な教育実践を展開している。サイエンスクラブ顧問として生徒の実行力や成長を支えている。
本校では文部科学省が推進するDXハイスクール事業において、デジタル技術を用いた新たな学びのかたちをつくっています。この連載では、その学びのかたちについて、課外活動と総合的な探究の時間の2つの事例について触れていきたいと思います。
その中でも今回は本校サイエンスクラブが課外活動として取り組んでいる「バーチャル鳳凰高校プロジェクト」について紹介します。
深海魚のXRゲームを楽しんでいる小学生
これまでサイエンスクラブではXR技術を活用して、オリジナルのXRゲームの開発などに取り組んできました。例えば、地元で水揚げされる深海魚を知ってもらいたいという目的で「XR深海魚仕分け人」という遊んで学べるゲームを1学期に制作しています。
【実践レポ】高校生が深海魚ゲームを本気で開発! ~XRで「遊んで学ぶ」新たな海洋教育コンテンツ制作への挑戦~|鳳凰高校サイエンスクラブ
モデリングの方法について教え合っている生徒たち
このゲームの制作過程でデジタルものづくりの面白さにハマった生徒たちが、今度は自分たちが通う鳳凰高校をVRChatなどを通じてバーチャル空間に再現したいという熱い思いで、自主的なプロジェクトとしてスタートさせました。
現在プロジェクトに関わっている生徒は11名です。生徒たちは、自分たちの手で作り上げたデジタル空間を通じて、地域や社会に貢献し、新たな学びの価値を創造しようと日々励んでいます。

写真 自発的にプロジェクト会議をおこなっている生徒たち
プロジェクトスタートにあたって、生徒たちは自ら企画会議を設定し、リーダーなどの選出、データ作成の注意点、スケジュール確認などを行っています。またプロジェクトに参加している生徒11名で役割分担を行い、鳳凰高校の再現に必要な3Dモデルを制作する役割分担も行いました。
最初は単に「楽しそうだから」という純粋な興味から始まった活動ですが、単なるもの作りにとどまらず、メンバー全員のスキル向上も見据えてチームとして一つのものに取り組む姿勢を見せてくれています。
また、生徒たちがこのバーチャル高校プロジェクトに挑戦しようと考えた背景には、スキルを向上させたいといった探究心だけでなく、「何か大きいことをしてみたい」という高校生らしい漠然とした熱い思いもありました。
近隣の中学生に向けて、オリジナルのXRゲームを体験してもらっている様子
これは1学期にチャレンジしたオリジナルのXRゲーム開発が大きく影響していると考えています。自分たちが制作したもので目の前の人が楽しんでくれて、それで深海魚についてみんなが興味を持ってくれるといった社会的インパクトにもつながるという実感が生徒のモチベーションに影響しているのではないでしょうか。
すでに生徒たちはバーチャル鳳凰高校をどのように活用するかといった未来も見据えており、学校の文化祭や体育祭といった行事で完成した『バーチャル鳳凰高校』を展示として活用することや、さらに防災関係のシミュレーションといった用途への展開も視野に入れているようです。
校内でVRChatを使ってバーチャルフォトを撮影している様子
また、学校内の人たちだけでなく、より多くの人たちにも見てもらいたいと考えており、最終的には生徒たちが普段から利用している「VRChat」でのワールド作成に挑戦することが目標のようです。
ワールドを作成することで遠方に住んでいて学校見学に来られない人や、鳳凰高校に興味を持っている人が場所を選ばずに学校を実体験できる機会をつくっていきたいという生徒たちには頼もしさを感じます。
このプロジェクトで一番重要な点は、生徒たちが主体的に学びを深めるプロセスそのものにあります。そして、その過程で培われる具体的なスキルや実践力の向上も、大きな教育的価値の一つだと考えています。
生徒たちは、ただ受け身で課題をこなすのではなく、このプロジェクトを通じて自分たちが主体となってプロジェクトを成し遂げ、その成果を社会的な価値にも繋げたいと考えています。このような意欲と、仲間と共に成長したいという願いが、生徒たちがプロジェクトを自発的に推進していくための原動力となっています。
Blenderで校舎のモデリングをおこなっている様子
加えて、生徒たちのデジタルスキルの向上にも役立っています。その中でもモデリングのスキル(今回はBlenderを使用)は短期間で向上をしています。
プロジェクトを開始する以前と比較して生徒たちは、もののかたちをしっかりと観察することが習慣化し「モデリングスキルが向上した」と実感しています。さらに、モデル制作に行き詰まった際には、自ら積極的に情報や資料を調べたり、効率的な作業のためにショートカットキーを数多く覚えたりと、自発的な学習姿勢も見せてくれています。
モデリングだけではなく、実際の校舎の長さを仲間と協力して計測
このような自発的な情報収集と実践を繰り返す学習サイクルは、これからの時代に必要とされる課題解決能力を養うことができると考えています。
d-Lab内の白板に自分たちで目標を書き、常に期限を意識
また、生徒たちは3Dモデリングの締め切りを自ら設定し、最初の会議から2週間に1回進捗報告会を実施しています。これは生徒たちに計画性や進捗管理能力を促し、実社会で求められるプロジェクトマネジメントの視点を育成する上で、極めて有効だと感じています。
生徒たちが自立し、自分の力でプロジェクトを推進していく「独立自尊」の精神をXR技術を通して具現化する、それがこのプロジェクトの最大の教育的価値です。
放課後の時間帯を有効活用してモデリングをおこなっている様子
生徒たちは、毎日の放課後の時間を使って作業を進め、進捗報告会をもとに各自の課題達成度を把握し、遅れているメンバーをフォローし合ってきました。
そして、自分たちで決めた締め切り当日11月14日にはすべての3Dモデルをそろえることができました。
今後は以下の取り組みをおこなっていく予定です。
まだモデル化されていない小さな建物や、ゴミステーションなど、学校内にある他の要素を分担してモデリングしていきます。
完成したモデルは、テクスチャや色付けを施した後、早速Unityに持ち込んでいく予定で、バーチャル空間として活用するための環境の構築を本格化させていきます。
直近の目標として、学校の一部(例えば一つの校舎の正面など)だけでも完成させ、周囲へ活動を発信できるように仕上げます。
このプロジェクトを通じて、生徒たちは単に立体物を制作する技術だけでなく、実際のプロジェクト運営に必要な計画立案、進捗報告、自主的な情報収集そして目標達成に向けた粘り強さが身に付いています。
ここに関わる生徒たちはほとんどが1年生ですが、この短期間で素晴らしいプロジェクトの進め方を見せてくれています。この勢いを保ちながら、バーチャル鳳凰高校を完成させたいと思います。(次回につづく)
メタバースやVRはそのキャッチーなコンテンツとは裏腹に、教育現場での活用事例がなかなか生まれない現状があります。教育に使いたい先生側と「遊び」に使える生徒とのギャップ。面白そうなものでも、やらされると楽しくはないのは、大人も一緒ですよね。
そこで鳳凰高校は生徒が学べる「環境づくり」を整備し、生徒の自主性を尊重しています。最初は生徒が作った簡単なVRゲーム。その可能性を顧問の中村先生が大きく拡げるサポートをして、生徒のやる気や成功の喜びを増幅させていると筆者は感じます。
実際に、地元の南さつま市と協力し、同市の自動運転バスの外装デザインを行ったり、深海魚を水族館との連携したイベントに昇華(参考リンク)など。学校内に収まらない連携は、大人のサポートが必須となりますが、そこは中村先生、鳳凰高校の熱意があってこそです。
メタバースもVRも、個人ユ―ザーはいまだ多く、コンテンツ自体の楽しさは失われていないはずです。そのユニークさを潰さずに教育現場へ実装するには「子どもの好奇心」を育む大人の支えがあってこそ。生徒の可能性を、XRで育てていきたいですね。