日本最大手のエンジニアリング会社 日揮グループで、障害者が働きやすいように配慮された特例子会社が「日揮パラレルテクノロジーズ」。誰もが働ける未来に向け、一つの解として見つけ出したのがメタバース。自社実践の経験を、全3回にわたって語って頂いています!
前回は、同社の理念、そして長尾さんの熱い思いが語られました。第2回となる当記事では、実際のプロジェクト内容が公開!メタバースには縁が無かったという同社ですが、一体どのようなものを作るのでしょうか?それでは長尾さん、よろしくお願いします!
日揮パラレルテクノロジーズ株式会社 取締役最高技術責任者
長尾 浩志(ながお ひろし)
2016年日揮株式会社(現:日揮グローバル)入社。クウェートでの大型製油所建設現場での経験を経て、LNGプラント等の配管設計に携わる過程でPythonによる省力化、AIによる予測に着手し、DX推進を行う立場に。2023年より日揮パラレルテクノロジーズ(JPT)に参画。高度IT集団の技術的な要として、日揮グループとJPTの架け橋となり、様々なDX案件を請け負い・創出している。日揮のプラント設計でつくられる3Dモデルはとても精緻なので、これを様々な価値に変換したいと考えている。
こんにちは。日揮パラレルテクノロジーズ株式会社(以下、JPT)の長尾です。
前回まではJPTがどういう会社で何を目指しているのかを紹介させて頂き、「働き方の選択肢としてのメタバース」を考え始めた所までお話ししました。
今回は実際にメタバース空間の立ち上げ、実験までのところを話していきたいと思います。
日揮のグループ会社である日揮グローバル株式会社では、月面にプラント(エネルギー生産施設)を建設する計画が進んでいます。2023年2月、その月面プラントを体験できる「月面プラントVR」がリリースされ、体験会を社内で開催していました。私はたまたま月面プラントユニットのメンバーにいた同期経由で、体験会に申し込みました。
体験会でVRゴーグルを被った瞬間、私は月面にいました。
さっきまで高層ビルのオフィスでスーツを着ていた私が、宇宙服を着て月面に立っていました。月面プラントVRは月面ローバーに乗車し、月面プラントを見学するという5分ほどの体験でしたが、傍らで解説してくれる同期の声が聞こえないほど興奮し、直感的にこれはいけると感じました。
メタバースといえばサマーウォーズ程度の知識だった私が、実際のVR体験を通してJPTの事業にできると確信を得た瞬間でした。
そこで早速、2023年4月、JPT参画後まもなく「Unity開発/メタバース開発をやってみたい人いますか?」と従業員に声をかけていきました。具体的な案件はまだ何もない中、2名のエンジニアが手を挙げて飛び込んでくれることになりました。
「やってみよう!」という勢いだけで立ち上がりましたが、開発や運営方法についての知識は当然ほとんどありません。私は何かきっかけになりそうな「仕事のタネ」を探し回りました。
「Unityでやりたいこと」と題して従業員に共有
そんな中、月面プラントユニットが問題を抱えていることが分かりました。VRゴーグルのメーカーの規定で、VRゴーグルの年齢制限が13歳以上とされており、12歳以下の子ども達がVR体験できないとのこと。せっかく展示ブースに来てくれても年齢制限のために断っており、中には泣き叫ぶ子もいるという話でした。
12歳以下のこどもでもVR体験ができる方法について月面プラントユニットと一緒になって調べたところ、スマートフォンを利用した360°動画+簡易単眼ゴーグルであれば、年齢制限なくVR体験ができるという解決策にたどり着きました。
そこでJPTでは360°動画*の制作を担当しました。月面プラントVR空間の中で動画を撮影するという初めての試みにも関わらず、上記2名のエンジニアが楽しみながら取り組み、元のVRを完全に再現した360°動画を制作することができました。その結果、12歳以下のこどもでもVR体験が可能となり、経産省こどもデーや大阪・関西万博のジュニアSDG’sキャンプといったこども向け教育プログラムに呼ばれるなど、教育コンテンツとして好評を博しています。
この360°動画は日揮グループのYouTubeチャンネルで公開されており、再生数が2万回を超え、日揮グループの公式YouTubeチャンネルコンテンツでは再生数第4位(2025年5月時点)となっています。
*360度動画とは、周囲の景色を360度全方位から自由に視点を動かして見ることができる動画のことです。専用のカメラで撮影された映像を、専用のソフトで処理し、パソコンやスマートフォン、VRヘッドセットなどで視聴できます。
月面プラントユニットでの仕事は既にメタバース空間の大元が完成しており、そこの修正改善に関われたのは幸運な事でした。チームを立ち上げて僅か1か月強といった期間での成功体験に繋がり「これはやっていけそうだぞ」という感触を得られました。
次は自力でVRChat上にメタバース空間を立ち上げる事を目標の1つとし、そのベースとなるUnityでの開発経験を積んでいく事にしました。VRに絞らずミニゲーム製作など様々な案件に着手しました。
ここで得られた大きな経験としては「VRやゲームの先にはユーザーがいて、彼らが楽しんでいる」という事です。思い返すと、これまでは「今起きている困りごとを解決する」ための仕事が多く、これを解決する事で早くなったり、安くできたりする、そのような形が多かったです。
対してこの世界にいると、「より面白く・楽しくなるには?」を考えている時間が非常に長い事に気付きました。ユーザーや自分たちも認知できていない困りごとにアプローチできる可能性があるなと、開発を続けていく事でその期待感は増していきました。
本社がある横浜市のルールに基づいたごみ分別ゲーム。この効果によりあるフロアでは分別の理解度が一気に向上した(プレイはこちら)
当時話題になったゲームを参考に、プラント配管部品で構成されたパズルゲーム
こうして着実に経験を積んでいった2023年12月。日揮グローバルの月面開発チームの皆さんから「来月末に東京ビッグサイトで行われるXR展”TOKYO DIGICON X”に出てみない?」とのお誘いを受けました。
お誘いにまずは「出ます」と回答し、その後開発メンバーとコンテンツの作戦会議を実施。
残り期間は1か月強でしたが2つのコンテンツを展示会までに仕上げる事ができました。
コンテンツ1:プラント体験ゲーム
コンテンツ2:JPT資料館メタバース
展示会で掲載したポスター
プラント体験ゲーム。子供たちが楽しそうに遊んでいるのが印象的でした(注:このプラントは、ゲーム用にオリジナルで作られたものであり、現実に存在するものではありません)
JPT資料館メタバース。日揮本社のある、みなとみらいを再現
収穫は非常に大きなものがありました。JPT資料館メタバースを通して、クリエイターの皆さんとも交流ができ、メタバースに向いた資料の見せ方など学べました。
また日揮がプラント設計で作り上げる3Dモデルは非常に精緻であることを改めて知る事ができました。自社で3Dモデルを所有しているのは想像以上に大きな強みだと感じ、これを活かしていきたいと感じました。
立ち上げから小さな成功体験を積み重ね、大きなイベントに参加する所まで至れました。
連載最終回となる次回は、立ち上げたJPT資料館メタバースを中心に試行錯誤の様子を紹介していきたいと思います。