「VRシミュレーション」とは何か? 現実世界で強行するには大きなリスクやコストの伴う実験を、仮想空間で負担なく実施できる技術だ。実際の建物や人などを3DCGでコピーし、仮想空間上にリアルと見紛う状況を作り出し、開発テストや社員教育、訓練など、さまざまな場面で活用できる。特に建築分野では、現実とほぼ同等の縮尺で再現された建築物「デジタルツイン」を作り上げ、より現実に近い状態でのシミュレーションができる段階まで既に来ている(関連記事:「デジタルツインとは?メリットや活用事例を紹介」)。
一方で、こんな疑問も当然に思い浮かぶだろう。VRシミュレーションだって、安くないのではないか? 簡易的な3DCGのモデルを一つ作るのに数万円はかかるのではないか。それを都市レベルの規模で行い、シミュレーションまで実現させるとなれば、甚大な費用となりはしないか。
実のところそれは、もう昔の話である。今は大きく敷居が下がった。手軽に都市を作り、シミュレーションまで利用できるソフトウェアはとうに登場している。感度の高い企業の中には、既に目覚ましい成果を挙げた事例もある。彼らは予算をかけることなく、新しい技術のメリットを享受し、自社の課題を解決している。今回は、まさにこのVRシミュレーションソフトウェアを提供するフォーラムエイト社に取材を依頼した(文=MetaStep編集部)。
「かつては、実際の街並みや道路を3D仮想空間に構築するために、建築物のCGモデルを大量に作るため膨大な費用と手間が必要でした。そのうえ自動車の実証実験といったシミューレションをするとなると、自動車CGモデルの作成、リアルの実験場と全く同じ環境にすべくパラメータを調整しなければならず、さらなる時間とコストがかかっていました」
国土交通省が都市の3DCGモデルを無償提供するプロジェクト「PLATEAU」(プラトー)
「しかし、現在はソフトウェアの発達に加え、国土交通省が進めている日本全国の3D都市モデルの整備・オープン化プロジェクト『PLATEAU(プラトー)』で、都市の3DCGデータ(デジタルツイン)や、国土地理院が公開する座標データがなんと無償で一般公開されていて、数多くの企業が利用しています。コストや手間を抑えて、手軽にシミュレーションや活用ができるようになったのです」
このように語るのは、VRシミュレーションソフトやメタバースプラットフォームシステムの開発・提供を行っているフォーラムエイトの松田克巳氏。同社は90年代から土木設計支援のパッケージソフトウェア開発事業を手がけてきた。その知見を応用し、3D空間を簡単なPC操作で作成できるソフトウェア「UC-win/Road」を販売した。
ソフトウェア内で都市や建物を構築し、そのままシミュレーションをすることも可能
このソフトを使うと、予め用意された3D空間内に道路や橋といった建設物を自由に構築できる。長年培ってきた建築CGモデルの膨大なデータをソフトウェアで公開した上、3DCG制作の知識が無い人でも扱える簡便さも魅力だ。
「PLATEAU」の都市データを「UC-win/Road」に読み込み、大雨災害時のハザードマップに活用
先ほど紹介した都市の3DCGモデル「PLATEAU」(プラトー)も、「UC-win/Road」と連携させ、現実の都市モデルをソフトウェア上に再現できる。一から時間とコストをかけて都市モデルを構築する必要がない。
国の支援体制やソフトウェアの発達が進み、専門知識を持たない初心者でも気軽にVRシミュレーションを利用できる環境が整っている。これを利用し、既に実用化を進めている自治体や企業も少なからず存在する。次節からはその中から特に注目の事例を紹介。3D立体表現は、企業・自治体の活動へいかに有効か、ご覧頂こう。
自動運転制御システムと「UC-win/Road」を連携させ、都市・道路・車・運転席といったVRデジタルツイン環境を構築。この仕組みにより、路面状況が変化する悪天候時や事故発生時の挙動など、限られた条件下での実証実験がいつでも仮想空間内で行えるようになる。さらに実車両のセンサーなどと連携させ、運行モニタリングも実現している。
渋谷道玄坂を歩行者天国にし、歩道を拡張した場合のシミュレーション。人で溢れる街だからこそ、人流データの検証は必須だ
この事例では3DCG都市モデル「PLATEAU」(プラトー)との連携で構築した渋谷区道玄坂を活用して、最適な道路空間の再編イメージを設計。「PLATEAU」で構築された建物や外壁には、「用途」「構造」「築年」などの情報が含まれている。ここに人流のデータを複合させてシミュレーションを行うことで、施策効果をビジュアルと定量評価の両面から可視化できる。この例では、街の質的な変化が歩行者行動に与える影響をシミュレーション。歩行者が歩きやすい歩道の視覚化に成功している。
推計したエネルギー需要や削減効果に応じた色を3D都市モデルに色分けすることで、エネルギー削減効果などをわかりやすく把握できる
こちらも「PLATEAU」と連携させて、特定エリアの3D都市を構築。建物の面積や階数といった情報を用いて、建物ごとの年間・時刻別エネルギー消費量を推計する取り組みである。エリア内の人流や周辺環境の情報などを集め、地域全体のエネルギーマネジメント対策の検討に活用している。例えば「東京・日本橋の全てのビルをLED化したら、エネルギーをどれだけ減らせるかなどの予測を可能にします」と松田氏は説明する。
太陽光パネル設置による周辺住居への影響シミュレーション(上)。都市の太陽光パネル設置状況データを読み込むと、3DCGの建物上にパネルが自動描画される。逐一パネルのCGモデルを作る必要がない(下)
三菱総合研究所をはじめとする各社と協業し、「PLATEAU」を活用。構築した3D都市モデル上で、建物の設置方位、角度、高さなどのデータを基に、太陽光の反射シミュレーションを行う仕組みを作り上げた。他の建物による入射光の遮蔽があるか、太陽光発電パネルの1枚単位で可視化。発電生産効率向上から、設置計画の作成、今後の開発にまで活かされている。
大規模の降雨に対し、堤防が決壊し水があふれだした場合の浸水範囲や浸水深の変化。時刻ごとに見ることも可能
熊本県玉名市では、「PLATEAU」と「UC-win/Road」を活用して、堤防決壊時の浸水範囲や時刻歴での浸水深のシミュレーションを行っている。避難施設の位置や定員、標高等の情報を可視化。今後は避難ルートや施設配置検討等の防災計画にも活用していく予定とのことだ。

実際の建設現場(上図左)と「UC-win/Road」上の映像(上図右)が連動している。人が接近すると警報が鳴り非常停止させる。遠隔操作で事故を未然に防ぐ、新しい監視システムだ(下)
現場環境を判断し自動で重機が働く「協調制御システム」と、「UC-win/Road」を連携させ、ダム建設現場を3D空間上にてリアルタイム監視、及び接近時の緊急停止システムを実現。GNSS(衛星経由の位置測定システム)の位置情報を用いて、「UC-win/Road」上で自動建機や作業員の位置を可視化。建機同士や建機・作業員間の接近検知を行い、状況に応じて監視者へのアラートを出し、自動停止を行う。
以上は「UC-win/Road」を活用した事例の内の一部でしかない。同様の事例はもちろん、シミュレーターを活用した自動車の運転能力診断や、除雪作業の教育・研修、デジタル田園都市構築支援など、様々な事例で活用されている。
利用が広がっている理由は、もちろん手軽かつ安価というのもあるが、「PLATEAU」のような、共用可能データの存在だけではない。インフラの整備も大きく関わっている。
【事例1】の自動運転制御システムで紹介したような「実車両の運行モニタリング」を実現するには、従来だと路上にカメラを設置し、車両の位置を仮想空間上に再現しなければならず、膨大なインフラ設置費用が必要だった。
GNSSとUC-win/Roadの連携(引用:フォーラムエイト公式)
しかし現在では、RTK-GNSSユニット(Real Time Kinematic=RTK + Global Navigation Satelite System=GNSS)と呼ばれる、衛星から車両位置をセンチメートル単位の高精度で計算するシステムを車に搭載するだけで済む。
実現した背景には、衛星測位システムで高精度な測位が可能となったことに加え、高速大容量の通信帯「5G」ネットワークが整備されたことも大きい。
つまり仮想空間を構築する技術だけでなく、VRシミュレーションやデジタルツインを活用する環境が、周辺技術も含めて整ってきたということだ。
シミュレーションソフトウェア開発を通し、日本の建設現場に貢献してきたフォーラムエイト松田氏
「おそらく、ただアバターでコミュニケーションをするだけでは、メタバースは衰退していくでしょう。なぜ建物や人間を3D化し仮想空間に投影する必要があるのか、その意味をユーザーに理解してもらわないと活用は広がらないと考えています。そんな中、提供できる価値としてわかりやすいのは、事例で挙げたようなデジタルツインの領域です。
建物外壁への日照シミュレータを活用し、外壁タイルの定期点検に活かしている
「例えば、太陽光の反射のシミュレーションであれば、3Dデータベースで屋根の形などが反映されていれば、すぐに計算が可能です。太陽光の角度だけでなく、屋根の形や質感、さらに周辺の環境まで編集する事で、より高品質なシミュレーション結果が得られます。視覚的にもわかりやすいですからね。まずは『3Dだからわかりやすい』と思ってもらうこと。平面でわかりにくいことが、立体になると理解しやすくなる。まずはこうした直観的な理解から広げていくことが必要と考えています」(松田氏)
津波が来た時の浸水被害をシミュレーションしたもの。建物の高さが一目でわかる3Dモデルは視覚的に判断がしやすいメリットがある
新しい技術を取り入れるには、業界の仕組みやニーズに精通した人材が技術を理解し、活用方法まで考える必要がある。しかし、全てを高いレベルで出来る人材はそういない。これから新しく学ぶ時間も限られるだろう。
「ですが、心配はいりません」。松田氏は力強く答えて続ける。「VRシミュレーションやメタバースは汎用性の高い技術です。3DVR技術について詳しい人が社内にいなくても、我々のような専門性のある会社がサポートできます。たとえ業界が違ってもです。ここまで『2D=平面』で考えていたものを『3D=立体』で考えることで、わかりやすくなった事例を多く見て頂きました。こうした考え方は、どの業界にも活きるはずです」。
事実、フォーラムエイトは建築以外でも鉄道シミュレータや、椅子自体が稼働し360度のアクロバット飛行が体感できる機器など、様々な分野での応用事例がある
たった数年前は「コストや専門技術が必要だから……」と足踏みしていたことが、ソフトウェアの目覚ましい進歩や国の支援などの後押しで、気づくといつの間にか広く活用が進んでいく。最後に松田氏は読者へメッセージを送った。「VRやメタバースの技術が我々の社会を豊かにすることは、世の中にある多くの事例が証明しています。私たちはこれからも、多くの企業と手を取り合って新しい活用法を見出していきます」。