教育現場におけるWeb3・メタバース活用事例を紹介する当連載。今回のテーマは、「不登校・引きこもり支援」です。教育や福祉の現場では、メタバースを“新たな居場所”として活用する取り組みが広がりつつあります。しかし重要なのは、単に空間を用意することではなく、当事者が「自分のペースで安心して関われるか」という視点です。
その実践と考え方を知るべく、メタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター株式会社の佐久間楓さんより、不登校支援プログラムなどを運営する株式会社ゆずプラス代表取締役・水瀬ゆずさんにお話を伺いました。
支援者が“介入しすぎない”距離感の設計、メタバースだからこそ生まれた参加者の変化、そして居場所づくりの先に見据える社会参加への導線について語っていただきます。
(リード文・編集=MetaStep編集部、本文=クラスター 佐久間楓さん)

株式会社ゆずプラス 代表取締役
水瀬ゆず
メタバースに7,000時間以上ハマり、メタバースで社会課題を解決することを模索し、起業。世界初のVRメタバース不登校支援プログラム「ぶいきゃん」などを立ち上げる。株式会社ゆずプラス 代表取締役、一般社団法人プレプラ 代表理事。立命館大学デザイン科学研究所 客員協力研究員や横浜市立大学附属病院 児童精神科教室に就任。業界団体のアドバイザーや委員、万博の委員や自治体のメタバース活用をプロデュースしている。各種メディアでメタバースに関する情報発信を行うなど、メタバース教育のフロントランナーとしても活動。
メタバースを活用した社会課題の解決や教育事業、イベント企画を行う、ゆずプラス代表の水瀬ゆずさん。これまでメタバースを通じた不登校・引きこもり・孤独支援など、数々の活動を行ってきました。そんな水瀬さんが活動を始めるきっかけとなったのは、メタバースで出会った一人の不登校の少女との出会いでした。
「私がメタバースで過ごす中で、外見に関する強い不安を抱え、学校に行きたい思いがありながら登校が難しい状態にあった一人の少女がいました。学校に行きたい、みんなと話したいという思いはあるのに、どうしても登校できない。そんな彼女にとって、メタバース空間での体験が、ひとつのきっかけになりました。さまざまな人と関わり続けるうちに、彼女は学校へ戻ることができたんです」(水瀬さん)
かつて、ゲームやインターネット上の交流は「現実からの逃避」や「依存」といったイメージで語られることも少なくありませんでした。メタバースについても、そうしたデジタル空間への固定観念と重ねて見られる場面がありました。そんな中で、メタバースでの出会いで一人の人生を本当に変えてしまった。その事実に強く動かされた水瀬さんは「この可能性を不登校の子たちに届けたい」と不登校支援活動をスタートさせました。

不登校や引きこもり状態にある方々に、なぜメタバースが有効なのか。水瀬さんは「現実の空間で発生する逃げ場のなさを解消できる」という点をあげます。
「現実の空間では、誰かに話しかけられた瞬間に、自分の表情・声・姿も他人にすべてさらされてしまう。不登校や引きこもり状態の方の中には、対面で話すこと、自分の姿を見せること自体に、強い負担を感じている方がたくさんいます」
メタバースは、アバターを通じてなりたい姿になれるほか、テキスト・ボイス・エモートなど、コミュニケーション方法を自分でコントロールできます。それこそが、現実で生じる「コミュニケーションの逃げ場のなさ」を根本から変えられると、水瀬さんは語ります。また、オンライン会議ツールとの違いについても、こんな言葉で語られています。「オンライン会議では、発言や画面越しの応答が中心になりやすい。でもメタバースは違う。話さなくても、同じ空間にいるだけでいい。誰かの気配を感じながら、ただそこにいる。それだけで、孤独がほぐれていく瞬間があるんです」
オンライン会議ツールとの違いについても、こんな言葉が印象的でした。「オンライン会議では、常に何かを発言することが求められます。でもメタバースは違う。話さなくても、同じ空間にいるだけでいい。誰かの気配を感じながら、ただそこにいる。それだけで、孤独がほぐれていく瞬間があるんです」
学校でも家でもない「第三の居場所(サードプレイス)」であるメタバースは、そうした場所を強力に実現できるプラットフォームだといいます。

昨年度、水瀬さん率いるゆずプラスはクラスター株式会社・神奈川県と連携し、引きこもり・それに準ずる方々を対象とした居場所支援事業「メタバースを活用した社会参加支援等事業」を実施しました。
主な事業は4つのプログラム。交流イベントを通じて気軽に交流し、社会参加のきっかけを作ることを目指す「メタともラウンジ」、メタバース上で悩みを心の専門家に相談できる「こまりごと相談室」、不安や孤立を感じる方が安心して集い、互いの思いを共有できる場である「ともいきメタバースFiKA」、誰もが一緒に楽しめる活動を通じて、多様性を認め合う社会の実現を目指す「ともいきメタバース推進事業」です。
運営において水瀬さんが一貫して意識したのは「支援する側が積極的に介入しないようにしたこと」でした。
「支援というと、どうしても支援する側とされる側という構図になりがちで、支援者が積極的に介入すると何かを『与える』形になってしまう。でも参加者は一人の人間で、自分のペースで関わりたいし、自分の選択を尊重されたいと思っている。だからスタッフは、必要以上には介入しない。でも孤立させない。その距離感を、設計の段階から丁寧に意識しました」と振り返ります。
また、参加ハードルを下げるための工夫も徹底したとも話します。引きこもり・不登校など、日常生活でコミュニケーションにハードルを感じている方々にとって、会話をはじめる一歩は極めて高い壁。だからこそ、参加がしやすいように話をするきっかけ・話しやすいテーマを散りばめ、「少しでも興味があれば空間に入れる」設計を心がけたといいます。

支援の現場で、水瀬さんが繰り返し目撃してきた参加者には、ポジティブな変化があります。それは、参加者が回を重ねるごとに、積極的にコミュニケーションを行うようになることです。具体的な事例としては、空間の片隅に静かにいるだけだった参加者が、回数を重ねるごとにエモート(感情表現機能)を使い始め、テキストチャットで一言ずつ反応するようになり、やがてボイスで周りの参加者と会話を楽しむようになるといったものです。
「外から見れば些細なことかもしれない。でも、当事者にとってはそれぞれが、長い時間をかけて積み上げてきた勇気の結晶です。それが、回数を重ねるごとに、より自然にできるようになっていく。そのプロセスを見ていると、毎回感動する」と熱く語ります。
メタバース空間での関係がリアルへとつながるケースも生まれました。引きこもり状態にあった参加者が、メタバースでのイベントに繰り返し参加する中で「常連さん」との関係が育まれ、現実での空間で行われた集まりに、勇気を振り絞って参加したのです。水瀬さんは「メタバース空間でのイベントが楽しかったので、勇気を出して参加したという言葉は今でも忘れられません」と静かに語ります。
さらに、現実の空間で行った「神奈川県“つながり発見”パーク」の体験会では、重度の障害を持つ参加者がVRゴーグルを通じて、美しい海辺のメタバース空間を楽しそうに走り回る様子も見受けられました。現実では行けなかった場所を、アバターとして駆け回るその姿を見て、親御さんが涙をこらえながら「こんなに自由に動き回ることはなかった」と語ったそうです。このように水瀬さんにとって「神奈川県"つながり発見"パーク」の事業は、メタバースが特定のコミュニティを超え、より幅広い人々の生活に届きうると初めて実感できた出来事だったといいます。

水瀬さんが現在取り組んでいるのは、居場所提供にとどまらない支援の設計です。横浜市立大学の教員として、若者の生きづらさをメタバースで解決する支援の研究をされています。
「ジェスチャーや頷き、人との距離感の取り方など、現実のコミュニケーションに必要なこれらのスキルを、メタバースを使えばリアルに近い形で練習できる可能性がある。対面では効果が確認されているプログラムをメタバース上でやったとき、何が起きるのか。研究の手応えは悪くない」と水瀬さんは目を輝かせます。
また、ゆずプラスが行う支援においても、水瀬さんが目指すのは「居場所を得るだけ」で終わらない支援です。メタバースでの体験を通じてスキルを身につけ、社会へ戻っていく動線をつくること。学校でも福祉でも医療でも、メタバースが選択肢として当たり前に存在する社会を見据えています。

メタバースを活用した支援を行う際に支援を行う側が考えるべきポイントについては「『参加できる場をつくること』と『自分のペースで関われる余白をつくること』をセットで考えるのが一番のポイント」と水瀬さんは語ります。
せっかく空間を用意しても、参加者がただ訪れるだけで終わってしまうのはもったいない。だからこそ水瀬さんの実践のように、繰り返し顔を合わせられる設計と、参加者が自分のタイミングで関われる余白があってこそ、単なるオンラインイベントが「居場所」へと育っていくといえます。
最後に水瀬さんからメタバースの可能性について、お伺いしました。「個人的には大きな可能性があると考えます。特に不登校・引きこもり支援の現場では、自分の好きな姿かつ自分が過ごしやすい自宅で、外の人と少しずつ交流できるといった体験を積み重ねやすい点が大きな魅力です。実際に使ってみると、この方の状況に合うかもしれない、こんな使い方もできるかもしれない、と発想が広がっていきます。まずは小さく始めてみることで、居場所づくりの手応えを感じられるのではないでしょうか」
「完成度よりも、まずは試してみること」という取材を通じて水瀬さんが一貫して伝えてくれたこの姿勢は、メタバース活用に踏み出せていない支援者の方々への何よりの後押しになるのではないでしょうか。
今回の取材を通じて特に印象的だったのは、「支援する側が積極的に介入しないようにした」という水瀬さんの言葉でした。教育・福祉の現場でテクノロジーを活用した支援が語られる際、議論の中心はしばしば「参加者にどのような支援を行うべきか」という支援する側の視点がフォーカスされがちです。しかし水瀬さんのアプローチはその逆を向いています。「参加者が主体的に自律的に関われる空間をいかに設計するか」そこを起点とした支援の在り方こそが、テクノロジーを活かした支援現場における本質的な姿ではないか。取材を終えた筆者は、そう感じています。