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「DAO」は死んだのか? ビットコイン原理主義が突きつける“真の自律”と、人間不在のジレンマ

2021年、英コリンズ英語辞典が選ぶ「今年の流行語」大賞に「NFT」が選ばれました。その熱狂と時を同じくして、Web3の世界で急速に広まったもう一つの言葉があります。それが「DAO(Decentralized Autonomous Organization:自律分散型組織)」です。

「社長のいない会社」「特定の管理者がいなくても自律的に動く組織」——。そんな理想を掲げ、当時多くのDAOが雨後の筍のように乱立しました。米国の「ConstitutionDAO」が合衆国憲法の原本を競り落とすためにわずか数日で4,700万ドル相当(当時のレートで約50億円以上)を集めたニュースは、その熱狂の象徴として記憶に新しいでしょう。

しかし、2025年現在。かつての熱狂は去り、多くのDAOは活動停止や事実上の解散に追い込まれました。「DAOはオワコンだ」「結局、機能しなかった」という冷ややかな声も聞かれます。

果たしてDAOは、一過性の流行に過ぎなかったのでしょうか。それとも、ハイプ・サイクル(過度な期待)の山を越え、実用的なビジネスツールとして定着するフェーズに入ったのでしょうか。今回は、DAOという組織形態の「現在地」を、理想と現実、そして具体的なガバナンスの事例から冷静に紐解いていきます。
DAOを語る上で避けては通れない「ある原理主義的な視点」から、その定義を再考していきましょう。(文=タモ)

ブロックチェーンによって実現する非中央集権的なエコシステムに惚れ込み、暗号資産・NFT・ブロックチェーンゲームなどWeb3ジャンルの記事を主に執筆。暗号資産やNFTに関する自身の投資経験も活かし、難しいと思われがちなWeb3の技術について、初心者にもわかりやすい記事をお届けします。

喜多さんプロフ画像

タモ

「真のDAO」はビットコインしかない

DAOの定義については諸説ありますが、その純粋性において最も厳格、かつ論理的に反論の余地がない主張が存在します。それは、「真の意味でDAO(自律分散型組織)と呼べるものは、現時点ではビットコインネットワークしか存在しない」というものです。

なぜなら、DAOの要件である「Autonomous(自律性)」と「Decentralized(分散性)」を極限まで突き詰めたとき、人間が介在する余地のあるイーサリアム基盤の多くのプロジェクトは、その条件を満たしていないからです。

ビットコインが「真のDAO」である理由は、大きく以下の3点に集約されます。

1. 創設者の完全な不在(リーダーの排除)

ビットコインの創造者であるサトシ・ナカモトは、その正体を明かさぬまま姿を消しました。これにより、ビットコインには「カリスマ的な創業者」や「意思決定権を持つCEO」が存在しません。誰かの鶴の一声で仕様が変わることもなければ、経営判断ミスで倒産することもありません。

対して、現在の多くのDAOには、ヴィタリック・ブテリン(イーサリアム)のような象徴的なリーダーや、開発を主導するコアチームが存在します。彼らの発言権が強い限り、それは「分散型」ではなく、実質的な中央集権組織であるという批判は免れません。

2. 停止不可能な自律駆動(Unstoppable)

ビットコインは2009年の稼働開始以来、24時間365日、一度もシステム全体が停止することなく動き続けています。特定のサーバーも管理者も存在しないため、誰もスイッチを切ることができません。

マイナー(採掘者)たちは、誰かに雇用されているわけではなく、プロトコルに組み込まれた「報酬(インセンティブ)」というルールだけに従って、自律的にネットワークを維持し続けています。これこそが、人間の恣意的な命令を必要としない「自律(Autonomous)」の極致です。

3. プロトコルの不変性

ビットコインの発行上限が2,100万枚であることや、約10分に1回ブロックが生成されるという基本ルールは、事実上変更不可能です。変更するには世界中に分散したノードの過半数の合意が必要であり、そのハードルは極めて高く設定されています。

一方、現在の多くのDAOは、ガバナンストークンを持つ参加者の投票によって、頻繁にパラメーターや投資方針を変更します。これは柔軟性がある反面、「参加者の政治的な思惑によってルールが歪められる」という脆弱性を抱えています。

このように、人間の感情や恣意的な判断を極限まで排し、コードとインセンティブだけで永遠に動き続けるデジタル生命体。それこそがDAOの理想形であり、その唯一の成功例がビットコインなのです。

「人間」が関わることのジレンマ

この原理主義的な視点に立てば、現在ビジネスの世界で議論されているDAOのほとんどは「偽物」あるいは「不完全なDAO」ということになります。

2021年以降に組成された多くのDAOは、Discordなどのチャットツールで人間同士が議論し、投票ツール(Snapshotなど)で意思決定を行うスタイルが主流です。しかし、そこには常に「人間ならでは」の問題がつきまといます。

●投票率の低迷:多くの参加者は議論に参加せず、一部の声の大きい人間だけで意思決定が進む(ガバナンスの形骸化)。
●衆愚政治:専門知識のない多数決によって、ポピュリズム的な誤った判断が下されるリスク。
●法的責任の所在:何かトラブルが起きた際、誰が責任を取るのか不明確(多くの国で法的な法人格を持たないため)。

これらは、株式会社という組織形態が数百年かけて「取締役会」や「株主総会」というシステムで解決しようとしてきた課題そのものです。「コードが法律(Code is Law)」を標榜しながら、結局は人間同士の泥臭い政治ごっこに終始してしまう——これが、2023年頃までに多くのDAOが直面し、幻滅を生んだ要因でした。

それでも「不完全なDAO」を目指す理由

では、ビットコイン以外のDAOには価値がないのでしょうか。結論から言えば、そうではありません。私たちは今、ビットコインという「完全な自律」の理想と、株式会社という「人間中心の統治」の現実の狭間で、新しい組織のあり方を模索しています。

完全な自律は美しく強固ですが、融通が利きません。ビジネスには、市場の変化に合わせて事業内容を変えたり、資金の使い道を変更したりする柔軟性が必要です。そのためには、ある程度の「人間による介入」と「中央集権的な要素」を許容しつつ、それでもなお、従来よりも透明性が高く、公平な組織を作れないか——。

そうした試行錯誤の中で生まれたのが、「NounsDAO」の事例です。

NounsDAOは、ある意味でこの「人間が関わるDAOの限界」を露呈させました。しかし同時に、株式会社では絶対に不可能な、極めて冷徹かつ効率的な「組織の自浄作用」を証明してみせました。
70億円規模の資金を巡って組織が真っ二つに分裂したNounsDAOの騒動。それは一見するとDAOの失敗例に見えますが、その内実を紐解くと、高度に設計された「資本主義のプログラム」の完成形が見えてくるはずです。