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2026.03.12

子どもの創造力を、プロがつなぐ~【連載】「教室を飛びこえて」第2回

教育現場のWeb3・メタバース活用事例を紹介する当連載。前回に続き取り上げるのは、生徒主体でXRやメタバースのプロジェクトを進める、鹿児島県の鳳凰高等学校(以下、鳳凰高校)。

子どもたちだけでプロジェクトを進めるとき懸念されるのが「自己満足」で終わる事。自他ともに納得のいく成果物をつくるには「プロの目線」が必要です。そこで鳳凰高校では、同校卒業生であるクリエイターが、生徒へ直接指導をすることに。そこには単純な技術指導ではない「視点を一段引き上げる」ための教え方がありました。当記事では、生徒主体のプロジェクトにプロが入ることの役割を学びます。(リード文=MetaStep編集部、本文=鳳凰高校 中村太悟先生)

※MetaStep Magazineでの取材「教育現場を変えるVR活用 生徒の自主性を引き出す「共学」の挑戦」もご覧ください

希望が丘学園鳳凰高等学校
中村 太悟 先生

理科担当教員。生徒主体の活動を重視し、地元の資源を活用したプロジェクトを推進する。観光教育や海洋教育等に携わり、教育実践研究論文で優秀賞を受賞。近年は深海魚を活用するなど多彩な教育実践を展開している。サイエンスクラブ顧問として生徒の実行力や成長を支えている。

子どもたちの発想は、大人が思わずハッとするような自由さとエネルギーに満ちています。

しかし、探究学習やプロジェクト活動において、子どもたちだけでプロジェクトを進めようとすると、どうしてもぶつかってしまう「見えない壁」が存在します。

それは、自分たちのアイデアを「自分たちが楽しむためだけのもの」で終わらせてしまう「自己満足」の壁です。

「自分たちが満足する」という達成感は不可欠なものですが、学びの場である以上、そこから一歩踏み出して、より広い視野で活動に取り組んでほしい。それが、探究に携わる先生方の抱く共通の思いではないでしょうか。その一つが、ビジネスとしての視点です。

生徒がその視点を得るためには、実際にプロフェッショナルから教えを受け、プロと同じ目線で進めていくことが必要です。そこで今回は「探究の時間にプロが参加することの必要性」を考えたいと思います。

例に挙げるのは、鳳凰高校の探究の時間で進めている「架洲™(かけしま)プロジェクト」。未来の行政施設をゼロから考案して、バーチャル空間上に建設するという試みです。実はこのプロジェクト、本校卒業生である加藤睦さんが所属するクリエイティブ企業、株式会社IDENCEと提携して進めています。

「自己満足」で終わらせない

彼らのような「本物の作り手」が生徒に投げかける問いかけは、探究を進めるうえで、私たち教員にとってもハッとさせられるような、大きな学びとなるものでした。

生徒たちだけで進めると、どうしても「カッコいい見た目」や「面白いギミック」といった、表面的なデザインや楽しさに意識が集中しがちです。

「こんな建物があったらすごい」「空を飛べたら楽しい」といった自己内発的な「やりたい」は、創造の起点として非常に重要ですが、それだけでは「誰かに使ってもらうもの」といった第三者としての視点が不足してしまいます。

IDENCEのクリエイターからアドバイスをもらう生徒

生徒たちは、頭の中にあるイメージを形にするだけで精一杯になり、それを客観的に評価したり、現実社会のルールや制約と照らし合わせたりする余裕までは持てないのが通常です。

もちろん、限られた授業時間やカリキュラムの中で活動する以上、まずは『形にして発表すること』が重要なゴールになるのは当然のことです。

ただ、そこからもう一歩踏み込んで「他者がどう感じるか」「社会の中でどう機能するか」まで検討しようとすると、教室という環境の中だけでは、どうしても教員や時間が足りないというジレンマがあります。

この生徒の活動と社会との接続の間にあるギャップを、学校だけの力で飛び越えることは容易ではありません。

だからこそ、そのギャップに橋を架け、生徒たちの視点を一段高い場所へと引き上げるために、外部のプロ(専門人材)という存在が必要不可欠になるのです。

オンラインでフィードバックをもらう生徒たち

自由な発想に「根拠」を授ける『社会の解像度』

IDENCEのような彼らプロが生徒たちのプロジェクトに参加する意義は、単に高度な技術を提供して、生徒たちが作れないものを代わりに作ってあげることではありません。

彼らの最大の役割は、生徒たちの自由で曖昧な発想に対して、現実社会で通用するための「根拠」を授け、プロジェクトに対する「社会への解像度」を高めるサポートをしてもらうことにあります。

生徒の横で、プロの視点からアドバイスをいただく様子

今回のプロジェクトにおける象徴的なエピソードに「建築基準法」の話があります。

生徒たちがデザインした建物に対し、プロの視点から「これでは法律上、建築許可が下りない」「非常階段がないと、利用者の安全が守れない」といった指摘が入る場面です。

一見すると、バーチャルな空間に現実の法律を持ち込むことは、自由な発想を阻害する無粋なツッコミのように思えるかもしれません。

アドバイスをもとに探究を進める生徒たち

しかし、プロたちは決して「ダメだ」と否定しているわけではありません。

彼らは「もしこれが本当に人が集まる場所だとしたら、どんな配慮が必要だろう?」という問いと共に、プロとして当たり前に持っている「利用者の安全を守る」という視点(ユニバーサルデザインや法規制の知識)を、生徒たちに優しく、しかし真剣にアドバイスしているのです。

「なんとなくカッコいいから」で作られたデザインに、「なぜその形なのか」「誰のためにあるのか」という理由(根拠)が加わるとき、その作品は単なる「想像」から、現実味を帯びた「創造」へと進化します。

プロが関わることで、生徒たちの視野には、「自分」以外の「他者(ユーザー)」の存在がくっきりと浮かび上がってきます。

この「解像度」の差こそが、生徒の活動とプロの仕事の決定的な違いであり、それを肌で感じてもらうことこそが、この探究の最大の教育的価値だと考えています。

正解を作らず、視点を授ける

プロが教育現場に関わる際、最も陥りやすいことが「手っ取り早く正解を教えてしまうこと」です。

技術も知識もあるプロにとって、生徒たちが悩みあぐねている課題を解決するのは簡単です。「ここはこう直せばいいよ」と修正案を提示すれば、プロジェクトはスムーズに進み、見た目も美しい成果物ができあがるでしょう。

オンラインで生徒の相談に乗っていただいている様子

しかし、本校とプロ(専門人材)との関わり方は、そうならないよう意識しています。
「プロがやる」のではなく、徹底して「プロが引き出す」というスタンスをもって生徒と接してもらえるように、事前の打ち合わせで共通理解を図ります。

先ほどの階段の例で言えば、「ここに階段をつけなさい」とは指示しません。
「このデザインを生かしつつ、どうすれば法律をクリアして、みんなが安全に移動できると思う?」と問いかけます。それは、答えを与えるのではなく、プロと同じ土俵で考えるための「視点」を共有する問いです。

この問いかけがあるからこそ、生徒たちは「デザインが崩れるから嫌だ」という感情的な反発を乗り越え、「どうすれば解決できるか」という建設的な思考へと切り替えることができます。

このプロセスにおいて、彼らプロは先生ではなく、共に納得解を探る「パートナー」として存在します。

お互いの役割をもとにコミュニケーションを図る生徒たち

生徒たちは、プロから投げかけられた高いハードルを越えようと必死に知恵を絞ります。

その結果、自分たちで導き出した解決策は、たとえそれがプロの想定内であったとしても、生徒たちにとっては「自分たちで発見した答え」となり、ひいては自信につながります。

「引き出す」という関わり方は、一見遠回りに見えますが、生徒たちの思考力を鍛える上では重要な視点です。

プロが持つ豊富な引き出しの中から、今の彼らに必要なヒントだけをそっとテーブルに置き、あくまで選択と決断は生徒に委ねる。

この絶妙な距離感と信頼関係があるからこそ、生徒たちは萎縮することなく、プロの胸を借りて思い切りジャンプすることができるのです。

教室と社会が接続する瞬間──本気の「共創」がもたらす教育的価値

こうしてプロフェッショナルと本気で向き合った時間は、生徒たちに何をもたらすのでしょうか。

学校のテストには必ず正解がありますが、プロが生きる社会には唯一の正解はありません。

あるのは、無数の制約の中でベストを尽くし、納得解を導き出すという地道なプロセスだけです。探究の時間に、プロと関わることで生徒たちはその「社会のリアル」に触れることになります。

調べながらアイデアをかたちにする生徒

自分たちが作ったものに対し、本気のフィードバックをもらうこと。
自分のこだわりと、他者の利便性を天秤にかける葛藤を味わうこと。
そして、それらを乗り越えて完成したものが、誰かの役に立つ喜びを知ること。
これらはすべて、教科書を読んでいるだけでは決して得られない学びです。 

 完成した成果物を確認する生徒

学校現場におけるプロの必要性は、単にクオリティの高いものを作るためではなく、この「妥協のない真剣な対話」を生徒たちに経験させる点にあると考えています。

大人が「子どもだからこれくらいでいいだろう」と手加減をせず、一人のクリエイターとして対等に向き合うとき、生徒たちもそれに真剣に応えようとします。

プロが持つ「社会の解像度」を感じた生徒たちは、プロジェクトが終わった後も、世界を見る目を変えてくれると考えています。

街の看板一つ、建物一つを見ても、「なぜこうなっているのか」「誰が作ったのか」を考えるようになるはずです。

探究の時間で完成させた未来の行政施設

教育における「共創」とは、単に「仲良く活動すること」ではありません。

異なる視点を持つ彼らのような専門人材と交わり、互いの熱量をぶつけ合うことで、想像もしなかった新しい価値を生み出すことです。その経験こそが、変化の激しいこれからの社会を生き抜く生徒たちにとって、何よりの財産となります。

現代の教育は、決して学校の中だけで完結できるものではありません。私たち教員が「教えるプロ」であるならば、社会にはそれぞれの分野でのプロがいます。変化の激しいこれからの時代、教室という空間をあえて未完成のままにしておき、そこへ外部の専門人材にサポートしてもらうこと。

そして、教員とプロ(専門人材)が互いの強みを活かし、チームとして生徒たちの成長を支えること。
この環境こそが、探究学習を行う生徒の学びの財産になると考えています。

だからこそ私たちは、学校という枠組みを超え、専門的なスキルと情熱を持った専門人材を、教育のパートナーとして求め続ける必要があると実感しています。

編集後記

外部のプロが単に知識や技術を教えるのではなく、生徒の視点を一段引き上げる“問い”を投げかける。そうすることで、生徒の自由な発想に「社会の視点」が少しずつ加わっていく。そのプロセスによって、アイデアが単なる遊びから、誰かのための創造へと変わっていく様子が見えてきました。

XRという新しい技術は、派手な表現ばかりに目が向きがちです。しかし今回の取材を通じて感じたのは、技術よりもむしろ「誰と、どう学ぶか」という環境設計の重要性でした。生徒の好奇心を起点にしながら、社会のリアリティを少しずつ重ねていく。そんな学びの形こそ、これからのXR教育の可能性を広げていくのかもしれません。