1. MetaStep TOP
  2. ビジネス活用を学ぶ
  3. 総務省の新会合にステークホルダーが集う。語られる「没入型技術」の新戦略

2026.03.11

総務省の新会合にステークホルダーが集う。語られる「没入型技術」の新戦略

メタバース業界は更なる転換点を迎える――。総務省は2026年1月、新たな国家戦略の旗振り役となる「没入型技術の利活用促進に向けたマルチステークホルダー連携会合」を始動させた。
最大の狙いは「メタバース」という言葉を「没入型技術(イマーシブテクノロジー)」へと再定義し、労働力不足といった日本の課題を解決する「ビジネスインフラ」へと引き戻すことにある。従来のアカデミックな議論にとどまらず、プラットフォーマーを始めとした12名のステークホルダーが結集。議論を次のフェーズへと進める当会合の深層に迫る。(文=MetaStep編集部)

研究会が残した、メタバース活用の基盤

VR(仮想現実)やMR(複合現実)、AR(拡張現実)といった「没入型技術」への期待は高まっている。かつてはエンターテインメント領域に閉じていたこれらの技術は、いまや製造、建設、運輸、医療、教育、文化、行政といった、あらゆる産業分野において、物理空間と仮想空間を融合させる社会課題解決の鍵として注目されているのだ。
 (引用:総務省 「事務局資料1-2 没入型技術の利活用に関する状況等について」

市場動向もこの熱狂を裏付けている。世界のメタバース市場規模は、2030年までに約5,078億ドルに達し、わずか6年間で約7倍に成長すると見込まれている。国内においても2028年度には1兆8,700億円規模にまで拡大すると予測されており、特定分野での実用的な価値が認識されるフェーズへと移行している。

 (引用:総務省 「事務局資料1-2 没入型技術の利活用に関する状況等について」

これまで総務省は2023年10月に「安心・安全なメタバースの実現に関する研究会」を発足させ、この新たなフロンティアの可能性を探ってきた。
同研究会では2025年9月には「メタバースの原則(第2.0版)」を含む「報告書2025」を公表。同時に、総務省がも独自でまとめた「社会課題の解決に向けたメタバース導入の手引き」を公表し、ビジネス現場での具体的な活用を促すための土壌を整備してきた。




(引用:総務省 「事務局資料1-2 没入型技術の利活用に関する状況等について」

※研究会に関しては、MetaStep「総務省が見据えるメタバース市場『2030年 2兆円の現実味」を参照

「実務者」を議論の中心へ。連携会合が目指す、産官学の共創

他方で、没入型技術の普及の程度は今なお限定的とも言える。 市場が拡大する一方で、導入コストや技術的ハードル、そして社会的な受容性の問題など、更なる利活用が進むよう解決すべき課題は山積している。利活用促進にかかるさまざまな課題について、実務的な視点から多角的に検討することが極めて重要となっていた。

このため、「メタバースの原則(第2.0版)」及び「社会課題の解決に向けたメタバース導入の手引き」の公表を踏まえ、没入型技術の利活用促進による社会課題の解決にさらに資するため、総務省は「没入型技術の利活用促進に向けたマルチステークホルダー連携会合」を発足させた。
 (引用:総務省 「事務局資料1-2 没入型技術の利活用に関する状況等について」

従来の研究会では有識者中心の構成であったが、多くのステークホルダーが参画する形に進化を遂げた。構成員には、Clusterなどのメタバースプラットフォーマーをはじめ、XRデバイスメーカー、技術を活用する「ビジネスユーザー」など総計12名が参画。これにより、学術的な知見と現場のビジネスニーズが融合し、より実効性の高い議論が可能となる。
会合では、「メタバースの原則」の更なる改定について検討を行うとともに、利活用促進に向けた望ましい普及啓発の在り方についても検討を行っていく。

●当連携会合における主な活動

(1)没入型技術の利活用促進に関連する事項
現場のニーズに基づき「社会課題の解決に向けたメタバース導入の手引き」の事例拡充や内容更新を行う。

(2)「メタバースの原則」に関連する事項
産業界の実態に合わせ、「メタバースの原則(第2.0版)」の改定案を策定。

(3)(1)及び(2)に掲げる事項のほか、没入型技術に関連する事項
OECD(経済協力開発機構)などの国際的な動向を踏まえ、日本の知見をグローバルな規範作りへとフィードバックする検討を行う。

●「没入型技術の利活用促進に向けたマルチステークホルダー連携会合」構成員等 (敬称略、五十音順)
(引用:総務省 事務局資料1-1 「没入型技術の利活用促進に向けたマルチステークホルダー連携会合」開催要綱(案) 

【構成員】

雨宮 智浩 東京大学情報基盤センター 教授
栄藤 稔  大阪大学先導的学際研究機構 教授
大屋 雄裕 慶應義塾大学法学部 教授
小川 岳弘 Dynabook株式会社NCCソリューション戦略部 部長
影広 達彦 株式会社日立製作所研究開発グループDigital Innovation R&D先端AIイノベーションセンタ 主管研究長
加藤 直人 クラスター株式会社 代表取締役CEO
小塚 荘一郎 学習院大学法学部 教授
近藤 博仁 ソニー株式会社ニューコンテンツクリエイション事業部XR事業部門プロダクトマネジメント部 統括部長
仲上 竜太 一般社団法人日本スマートフォンセキュリティ協会技術部会 部会長
南郷 史朗 株式会社NTTコノキュービジネスデベロップメント部門 担当部長
樋口 雄哉 日本電気株式会社デジタルプラットフォームサービスビジネスユニットプラットフォーム・テクノロジーサービス事業部門バイオメトリクス・ビジョンAI統括部 ディレクター
増田 雅史 森・濱田松本法律事務所外国法共同事業 パートナー弁護士

【オブザーバー】

内閣府知的財産戦略推進事務局参事官
金融庁総合政策局イノベーション推進室
デジタル庁戦略・組織グループAI実装総括班web3担当
経済産業省商務・サービスグループ文化創造産業課

メタバースの再定義。「イマーシブテクノロジー」への戦略的リブランディング

現在、没入型技術における取り組みは、「実用的な社会実装フェーズ」と「バズワードからの脱却」の端境期にあるという状態だ。
「メタバース」という言葉が一部で陳腐化し、特定の企業イメージに縛られるリスクが生じる中で、総務省はメタバースを「イマーシブテクノロジー(没入型技術)」へと再定義。
特定のプラットフォームに依存しない、より広範な技術領域としての産業利用を加速させる狙いがある。

また実際のビジネス現場では、深刻な労働力不足への対策として没入型技術の導入が進んでいる。
例えば、製造業や建設業では、3Dデータの活用やAR/MRによる遠隔作業支援により、技能継承や現場の効率化が図られている。さらに教育や自治体による不登校支援、観光振興など、社会課題に直結する分野でのユースケースも着実に増えている。
 (引用:総務省 「事務局資料1-2 没入型技術の利活用に関する状況等について」

しかし、普及を阻む課題も明確になっている。最大の課題の一つは、「ROI(投資対効果)の不明確さと導入コスト」である。デバイスの価格、手軽さの欠如に加え、どのようなコンテンツが自社の課題解決に真に寄与するのかという判断材料が不足している。

また、「安全性とプライバシー」への懸念も根強い。HMD(ヘッドマウントディスプレイ)着用時の物理的な安全確保や、生体情報・位置情報といった機微なデータの取り扱い、さらに周囲の第三者に対するプライバシー配慮などは、ビジネスユーザーが導入を躊躇させる要因となっている。特に、「他人のなりすまし」アバターによる迷惑行為への対策といった、セキュリティ面でのガバナンス構築が急務とされている。
 (引用:総務省 「事務局資料1-2 没入型技術の利活用に関する状況等について」

産官学連携で、具体的なサポートを推進

総務省としても、これらの課題解決に向けて、予算事業を通じた技術的・実態的サポートを強力に進めていく。特に注目すべきは、普及の大きな障壁である身体的違和感への対策だ。
現在、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)という研究機関と、京都大学が進めているのが、「VR酔い」の予兆検出とアラート技術の実証研究である。このプロジェクトでは、眼球運動や身体の揺れ、脳活動といった生体指標を分析することで、ユーザーが不快感を覚える前に予兆を検出し、未然に防ぐシステムの構築を目指している。
 (引用:総務省 「事務局資料1-2 没入型技術の利活用に関する状況等について」

これが社会実装されれば、長時間・高頻度の利用が前提となるビジネス現場での心理的障壁が劇的に下がることが期待される。
さらに、令和8年度(2026年度)の当初予算案には、物理空間と仮想空間が融合した際の安全確保の実態調査や、利用者情報の取得・分析状況に関する調査が盛り込まれる予定だ。

具体的には、HMD着用者が物理空間で障害物に衝突するリスクの低減策や、データの第三者提供に関する同意取得の工夫などが調査対象となる。こうした調査結果を連携会合の議論にフィードバックし、実務者にとって納得感のあるガイドラインへと昇華させていく構えだ。

日本発のガバナンスを世界標準へ

「没入型技術の利活用促進に向けたマルチステークホルダー連携会合」は、今後概ね2カ月に1回程度の頻度で開催され、実務的な議論を積み重ねていく。直近では2026年3月頃に第2回会合を予定しており、参画する各事業者から具体的なユースケースや「メタバースの原則」に対する見解が共有される見通しだ。

会合の大きな節目となるのは、2026年9月に予定されている「中間取りまとめ」である。ここでは、「メタバース導入の手引き」の改定版や、最新の技術動向を踏まえた「メタバースの原則」の改定方針が示されることになる。また、日本が主導してきたこれらの原則は、OECDなどの国際的な場でも高く評価されており、今後は日本発のガバナンスモデルを世界標準(デファクトスタンダード)へと押し上げていくための国際連携も加速する。
 (引用:総務省 「事務局資料1-2 没入型技術の利活用に関する状況等について」

没入型技術は、単なる仮想空間の提供という枠を超え、労働力不足という避けて通れない社会課題に立ち向かうための「次世代産業インフラ」へと進化しようとしている。

産学官が一体となってルールを磨き、実装を加速させるこの取り組みは、日本の産業競争力を左右する極めて重要なプロジェクトとなるだろう。