2023年9月、ある象徴的な事件がWeb3業界を揺るがしました。世界で最も有名かつ資金力のあるDAOの一つ、「NounsDAO(ナウンズ・ダオ)」が分裂し、金庫にあった資産の5割以上にあたる16,575ETH(当時のレートで約40億円相当)が流出したのです。
メディアの多くはこれを「DAOの失敗」と報じました。しかし、経営やガバナンスに携わるビジネスパーソンの視点で見直すと、この事件は全く別の顔を見せます。
それは、株式会社であれば数年の裁判と泥沼の委任状争奪戦を要する「組織の分割・清算」プロセスを、コードの記述だけで、わずか数週間のうちに、誰一人血を流すことなく完遂した「究極のガバナンス」の実証実験でした。
今回は、このNounsDAOの分裂劇をケーススタディとして、DAOが持つ「冷徹なまでの資本効率性」について解説します。(文=タモ)
ブロックチェーンによって実現する非中央集権的なエコシステムに惚れ込み、暗号資産・NFT・ブロックチェーンゲームなどWeb3ジャンルの記事を主に執筆。暗号資産やNFTに関する自身の投資経験も活かし、難しいと思われがちなWeb3の技術について、初心者にもわかりやすい記事をお届けします。

まず、NounsDAOの基本的な仕組みを理解する必要があります。彼らのビジネスモデルは極めてシンプルです。かわいらしいドット絵のキャラクター「Noun(ナウン)」のNFTを、毎日1体だけ自動生成し、オークションにかけます。
その落札代金は、運営会社ではなく、すべて「DAOの金庫(トレジャリー)」に全額プールされます。2021年のピーク時には、たった1体の画像に155ETH(当時のレートで約7,000万円相当)の値がつくこともありました。
こうして、誰の所有物でもない金庫には、またたく間に巨額の資産が積み上がりました。2023年夏頃の時点で、その残高は約5,300万ドル(約70億円以上)にも達していたのです。
この巨大な資金を、NFT保有者たちが投票で「何に使うか(寄付、広告、アプリ開発など)」を決める。それがNounsDAOの本来の姿でした。

しかし、2023年に入ると「暗号資産の冬」が訪れ、市場環境が一変します。これが事件の引き金となりました。
NounsのNFT価格が暴落したのです。一方で、金庫の中にあるETH(イーサリアム)の量は変わりません。ここで、株式市場で言う「PBR(株価純資産倍率)1倍割れ」の状態が発生しました。わかりやすく言えば、「中身に100万円が入っている財布が、なぜかメルカリで60万円で売られている」ような状態です。
●NFT1枚あたりの「解散価値」(金庫の持ち分):約35 ETH(約875万円)
●NFT1枚あたりの「市場取引価格」:約20 ETH(約500万円)
この「歪み」に、冷徹な投資家(アービトラージャー)たちが目をつけました。彼らの戦略は単純明快です。「市場で20ETHで買い集めて、金庫から35ETHを引き出せば、その差額(15ETH)が丸儲けになる」というものです。
しかし、通常DAOの金庫からお金を引き出すには、コミュニティの投票で承認を得る必要があります。「私にお金をください」と言っても、真面目な運営メンバーは否決するでしょう。
そこで投資家たちが利用したのが、NounsDAOに新しく実装された「フォーク(Fork)」という機能でした。これは、運営方針に不満があるグループが、自分たちの持ち株比率に応じた資産を持って組織から離脱できる仕組みです。
投資家たちはオークションや二次市場で安値のNounsを大量に買い集め、この「フォーク」を発動させました。
1.買い占め:割安なNFTを大量取得。
2.離脱宣言:「今の運営は無駄遣いばかりだ。俺たちは抜ける」と宣言。
3.資産分割:金庫の資産のうち、彼らの保有比率に応じた額(約16,500 ETH)を、新しく作ったDAOへ移動。
4.現金化:新しいDAOで即座に解散を決議し、資産を分配してExit。
こうして、NounsDAOの金庫からはごっそりと資金が抜かれました。これはハッキングでも詐欺でもなく、「あらかじめプログラムされたルール通りに執行された、適法な利益確定」でした。
多くの既存メンバーにとって、これは悲劇だったかもしれません。しかし、ガバナンスの観点からは、驚くべき効率性が発揮された瞬間でもありました。
もし、これが株式会社で起きたらどうなるでしょうか。「会社を解散して現金を配れ」と迫るアクティビスト(物言う株主)に対し、経営陣は買収防衛策を講じ、株主総会は紛糾し、場合によっては数年にわたる法廷闘争になります。その間、経営は停滞し、多額の弁護士費用が消えていきます。
しかしNounsDAOでは、この巨大な利害調整が、誰一人対面で会話することなく、スマートコントラクト(契約プログラム)だけで完結しました。投資家たちは満足して去り、残ったメンバー(純粋にNounsの活動を愛する人たち)は、資金は減ったものの、純度の高いコミュニティを取り戻しました。
これを「失敗」と呼ぶのは簡単です。しかし、ここには「感情や忖度が入り込む余地のない、極めて透明で高速な資本の調整メカニズム」が存在します。
この冷徹なまでの機能性を、企業活動に応用できないか。例えば、大企業内の不採算部門のカーブアウト(切り出し)や、ジョイントベンチャーの解消プロセスに、このDAOの仕組みを活用できないか——。そう考え始めた感度の高い企業たちが、今、次々とこの領域に参入し始めています。
次回は、日本で進む法整備と、日本企業がこの「危険だが強力な武器」をどう使いこなすべきか、その実践論に迫ります。