街中の何気ないカーブミラーやマンホール、そして電柱。私たちの生活を支えるこれら膨大な公共インフラが、いま静かな危機に瀕している。高度経済成長期に整備された設備の老朽化は加速度的に進む一方で、点検を担う専門業者の人手不足と自治体の予算削減は、もはや一過性の問題ではなく、社会の構造的課題として重くのしかかっている。誰が、どうやって、この膨大な「街の資産」を守り続けるのか。
2026年1月、この難題に対する一つの鮮やかな回答が新潟市の中心部から発信された。スマートフォンを片手に街を歩き、インフラの写真を撮ることで報酬が得られる参加型社会貢献ゲーム「PicTrée(ピクトレ)」の実証実験だ。遊びと実益、そして社会貢献を融合させたこの試みは、デジタル経済とリアルな社会維持が美しく循環する、新しい民主主義の姿を提示している。(文=MetaStep編集部)
2026年1月9日から18日にかけて、新潟市の都心周辺エリア「にいがた2km(新潟駅・万代・古町を繋ぐエリア)」を舞台に、「新潟市カーブミラー撮影ミッション」が実施された。
(引用元:PR TIMES )
このプロジェクトを主導したのは、独自暗号資産(仮想通貨)「DEP」を軸にした経済圏構築を進める株式会社Digital Entertainment Asset(DEA)と、インフラの民主化を掲げるGrowth Ring Grid Pte.Ltd.(GRG)の2社である。
ミッションの内容は極めてシンプルだ。専用アプリをインストールしたユーザーが、エリア内にある164基のカーブミラーを探し出し、指定の角度(全景、ミラーの表裏、ステッカー、根元の計5枚)で撮影を行う。すべての条件を満たすと、1基あたり30円相当の報酬コインが付与される仕組みだ。
特筆すべきは、これが単なる「ギグワーク(単発の仕事)」ではなく、徹底して「ゲーム」として設計されている点にある。ユーザーは個人で黙々と撮影するだけでなく、チームを組んで撮影数や移動距離を競い合う。ランキング形式の競争や、仲間との協力要素というゲーミフィケーションの仕組みを導入することで、単調になりがちな点検作業が、自発的に参加したくなるエンターテインメントへと変換されている。
今回のミッションの舞台となった「にいがた2km」は、新潟市が推進する都心再開発の象徴的なエリアだ。そこをスマホ片手の「市民点検員」たちが練り歩き、次々と最新のインフラデータをクラウドに蓄積していく。行政が多額の予算を投じて専門業者を派遣し、数カ月かけて行う作業を、市民の「遊びの連鎖」がわずか10日間で代替してしまった。この事実は、インフラ維持管理における圧倒的なコスト構造の転換を意味している。
新潟でのミッション成功が示唆するのは、インフラ管理におけるパラダイムシフトだ。これまで「行政の仕事」としてお任せ状態にあった公共設備の維持を、Web3のトークンインセンティブ(報酬設計)を用いることで、「市民自らが守る自分事」へと再定義することに成功した。
このモデルの画期的な点は、三者(行政・企業・市民)すべてにメリットがある「三方よし」の設計である。自治体にとっては、点検コストを劇的に抑えつつ、常に最新のインフラ状況を把握できる。インフラ事業者にとっては、広大なエリアを網羅するデータ収集が可能になる。そして参加する市民にとっては、健康のための散歩や街歩きが、報酬と「社会に貢献している」という実感に変わる。
特に、2026年1月に日本法人化したDEAが、日本国内での展開を本格化させている意味は大きい。日本全国には約3,600万本の電柱と、約1,600万基のマンホールが存在するといわれている。これらをすべて専門家が巡回するのは、物理的に不可能だ。しかし、日本中に存在する「スマホを持つ市民」の力を結集すれば、それは可能になる。カーブミラーから始まったこのミッションは、今後、道路のひび割れ、公園の遊具、さらには防災設備の点検へと、その対象を無数に広げていくポテンシャルを秘めている。
この取り組みは、人が持つ「貢献したい」という善意と「楽しみたい」という本能をテクノロジーで繋ぎ、社会をボトムアップで支える新しい仕組みだ。中央集権的な管理に限界が見え始めた今、Web3による「インフラの民主化」は、地方都市が生き残るための必須条件となるかもしれない。
冬の新潟の空の下、カーブミラーにスマホをかざした市民たちの一振りが、デジタルデータとなって街の寿命を延ばしていく。ゲームが社会を救う最強の武器になる。ピクトレが描く未来は、私たちが当たり前だと思っていたインフラの守り方を根本から書き換えていくことになるだろう。