デジタルデータは、物理的なモノよりも遥かに脆い存在だ。ハードディスクはいずれ物理的な寿命を迎え、私たちが絶対的な信頼を寄せているクラウドストレージでさえ、運営企業の破綻やサービスの終了というリスクと常に隣り合わせにある。家族との思い出の写真、生涯をかけて築き上げた知的財産、あるいは企業の命運を握る業務データ。それらは果たして、どこに預ければ「永遠」に守り抜くことができるのだろうか。
2026年1月、この難題に対する一つの回答が示された。株式会社WISERAと株式会社NFTDriveが特許を共同出願した「NAS-X(ナスエックス)」だ。特定の管理者に依存せず、世界中のユーザーが互いにストレージの空き容量を出し合い、データを守り合う。この分散型インフラの構築は、データの保存という概念を「場所を借りる」ことから「ネットワークに刻む」ことへと変革させる可能性を秘めている。(文=MetaStep編集部)
WISERAとNFTDriveの2社が発表したのは、分散型ストレージ技術を家庭用・企業用のNAS(※)に統合する新技術「NAS-X」の特許共同出願だ。この技術の本質は、既存のハードウェアを次世代インターネットのインフラ(ノード)へと進化させる点にある。
※NAS=Network Attached Storageの略。ネットワークに接続可能なハードディスクやSSDを指す

(引用元:PR TIMES )
現在、多くの個人や企業は、データの保全を「RAID」と呼ばれる筐体内の冗長化や、Google、Amazon、Appleといった巨大テック企業(GAFA)のクラウドバックアップに頼っている。しかし、RAIDは地震や火災といった物理的な災害によって筐体ごと消失するリスクを防げない。また、クラウドサービスは利便性が高い一方で、サービス内容の変更、利用料の高騰、あるいは地政学的なリスクによるデータアクセスの遮断といった「中央集権的な不確実性」から逃れることはできない。
NAS-Xは、これらのリスクを「分散」によって解消する。技術の核となるのは、分散型ファイルシステムであるIPFS(Inter Planetary File System)だ。従来のインターネットが「どこのサーバー(URL)にデータがあるか」で情報を探すのに対し、IPFSは「データの内容そのもの(CID:コンテンツ識別子)」で情報を管理する。NAS-Xでは、ユーザーが所有する複数のNASがP2P(ピア・ツー・ピア)ネットワーク を形成し、お互いの空き容量を活用して1対多の構成でバックアップを相互に実施する。
この仕組みの特筆すべき点は、中央管理サーバーを一切介さないことだ。バックアップ処理はネットワークに参加しているNAS同士が直接行い、データは高度に暗号化された状態で分散される。そのため、仮に特定のクラウド事業者がサービスを停止したり、一部の地域で通信障害が発生したりしても、ネットワーク全体が維持されている限り、データが失われることはない。他者のNASに保存されるデータの中身は、持ち主以外には決して閲覧できない設計となっており、プライバシーと堅牢性が極めて高い次元で両立されている。すでに実証検証は完了しており、分散バックアップと復元の正常な動作が確認されているという事実は、Web3技術が「理論」から「実用」のフェーズへ移行したことを象徴している。
NAS-Xがもたらす最大のパラダイムシフトは、私たちが長年受け入れてきた「データ主権」のあり方を再定義することにある。
私たちはこれまで、自らの大切なデータを「信頼できる企業(場所)」に預けてきた。しかし、その信頼はあくまで事業者の存続が前提となる。NAS-Xは、その信頼の対象を「企業」から「ネットワークアルゴリズム」へと転換させる。物理的な保存場所がどこであっても、データの内容を示す一意の識別子(CID)さえあれば、いつでもどこからでも情報を呼び戻せる。この「場所(URL)からの解放」こそが、分散型インターネットが目指す究極の姿である。
特にWISERAが主眼を置いている「家族・個人の思い出保存」という文脈において、この技術の価値はさらに深まる。自分の死後、誰が自分のデジタルデータを維持し続けてくれるのか。中央管理型のサービスであれば、支払いが止まるとアカウントは削除され、データは消滅する。しかし、NAS-Xのような分散型基盤が社会に根を張れば、持ち主がいなくなった後も、ネットワークを構成するノード(他者のNAS)が善意やインセンティブによってデータを保持し続ける「デジタル継承」のインフラになり得る。
また、この技術は個人利用にとどまらず、法人や自治体、コミュニティといった広範な領域への展開も期待される。ランサムウェア攻撃や大規模なシステム障害が社会問題化する中で、単一の事業者に依存しない「分散型バックアップ」は、真に強靭なデジタル社会を構築するための必須条件となるだろう。
個人が所有するNASという身近なハードウェアが、次世代インターネットの重要な結節点となり、世界中のデータと繋がり合う。NAS-Xの登場は、Web3が目指す「分散型インフラ」が決して机上の空論ではなく、私たちの生活空間にある物理的なデバイスを通じて実装可能であることを証明した。データの「安住の地」は、もはや巨大企業の重厚なデータセンターの中にあるのではない。私たちが互いに支え合う分散ネットワークの中に、築かれようとしているのだ。