ミドルシニアにとって、メタバースのような比較的新しいデジタル技術は難しく情報格差(デジタルデバイド)が存在すると捉えられやすい。しかし実際には、多くのミドルシニア女性がスマートフォンやタブレットを日常的に使用し、SNSを通じたコミュニケーションや情報収集を行っている。「問題は技術的な習得能力ではなく、むしろ彼女たちのニーズや関心に適合したデジタル環境が提供されていないことにある」そう語るのは、株式会社MetaBloom 代表取締役 豊永真由美氏。初心者女性のためのメタバース活用コミュニティ「Women's Metaverse Network」を設立しXRの体験や学びの場を創出している。ミドルシニアの知見を失うことなく共有し、かつ高齢者自身の課題――社会的孤立やセカンドキャリアの模索にも貢献するメタバースの可能性について語っていただいた。
株式会社MetaBloom
代表取締役 豊永真由美氏
東京都出身。メガバンクと外資系銀行でキャリアを重ねる。その後、長年培ってきた経験やスキルが定年制度により一律にリセットされることへの違和感から、新たな生き方の可能性を模索。その中で、年齢、性別、肩書きなどの既存の枠組みを超えて活動できるメタバース/XRの世界に魅了される。2022 年、初心者女性のためのメタバース活用コミュニティ「Women's Metaverse Network」を設立。約70名のメンバーと共に、XRの体験や学びの場を創出している。
人生100年時代の到来と急速な技術革新により、私たちは従来の枠組みを超えた新たな生き方や働き方を模索する時代に突入しています。この変化の中で注目を集める「メタバース」は、バーチャル空間における新しい社会基盤としての可能性を秘めています。しかしながら、現在の日本のメタバース市場は、そのポテンシャルを十分に発揮しているとは言い難い状況にあります。
現状分析によると、多くのメタバースプラットフォームがゲームやエンターテイメント領域に集中し、ユーザー層が十分拡がっていない傾向が見られます。これは、一般消費者、とりわけ「生活者」の視点からの活用が進展していないことに起因していると考えられます。
日本は世界に先駆けて超高齢社会に突入しており、2025年には団塊世代が75歳以上の後期高齢者となることで、いわゆる「2025年問題」に直面します。この人口構造の変化は、単なる高齢化の進行にとどまらず、豊富な人生経験と多様なスキルを持つミドルシニア層の社会参画のあり方を根本的に見直す必要性を示唆しています。
特に注目すべきは、男女雇用機会均等法の施行を背景に、家庭と社会の両方で重要な役割を果たしてきた50~60才代のミドルシニア女性たちの存在です。この世代の女性たちの知見と能力は、ビジネスの現場と生活者目線の両方を基盤としており、現代社会においても極めて価値の高い資源であると位置づけることができます。
従来、ミドルシニア層とデジタル技術の間には「デジタルデバイド」と呼ばれる格差が存在するとされてきました。しかし、この認識は必ずしも現実を正確に反映していません。実際には、多くのミドルシニア女性がスマートフォンやタブレットを日常的に使用し、SNSを通じたコミュニケーションや情報収集を行っています。
問題は技術的な習得能力ではなく、むしろ彼女たちのニーズや関心に適合したデジタル環境が提供されていないことにあります。メタバースという新しい技術プラットフォームは、従来のデジタルツールでは実現が困難だった体験や交流を可能にする潜在力を持っており、ミドルシニア女性の多様なニーズに対応する新たな解決策となり得ます。
興味深いことに、ミドルシニア女性の学習パターンの特徴として、若年層の「試行錯誤型」に対し、「理解先行型」のアプローチを取ることが挙げられます。初期習得に時間を要するものの、継続利用率と満足度において優位性を示すこの特性は、メタバース体験の質的向上に大きく貢献する可能性があります。
高齢化社会における重要な課題の一つは、社会的孤立の問題です。特に女性の場合、配偶者との死別や子どもの独立により、長年維持してきた社会的ネットワークが縮小するケースが見られます。この現象は、心理的健康や認知機能の維持にも深刻な影響を与える可能性があります。
メタバースは、物理的制約を超越した新しいコミュニティ形成の場を提供することで、こうした社会的孤立の問題に対する革新的な解決策となる可能性を秘めています。バーチャル空間における交流は、地理的距離や身体的制約を乗り越え、共通の関心や価値観を持つ人々とのつながりを創出することを可能にします。
初心者女性のためのコミュニティ「Women's Metaverse Network」イベント時の様子
注目すべきは、ミドルシニア女性が中心となったコミュニティは、若年層中心のものと比べて離脱率が低く、建設的な交流が持続する傾向にあることです。習い事のサークルや地域活動、様々な「女子会」など、多くの女性が何等かのコミュニティに属しています。さらに、当初同世代中心だったコミュニティが、自然発生的に多世代交流の場へ発展する事例も珍しくなく、メタバース環境における多世代交流の促進効果も期待されます。
重要なのは、メタバースがコミュニケーションとコミュニティ形成を中核とした技術であり、この領域において女性が持つ固有の強みが最大限に活かされる可能性があることです。しかしながら、現在この層にメタバースが十分に普及していないことは、個人レベルでの機会損失にとどまらず、メタバース業界全体の発展にとっても大きな課題と考えられます。
現代の子どもや若者たちにとって、Roblox、Minecraft、Fortniteなどは、単なる娯楽の場を超えて重要なソーシャルプラットフォームとして機能しています。これらの仮想空間では、創造性を発揮し、協働作業を行い、新しい形のコミュニケーションを展開することが可能です。
しかし、多くの母親世代にとって、これらの環境は理解が困難な「未知の領域」として認識されています。この認識ギャップは、世代間の対話において重要な障壁となっており、子どもたちの関心や活動について深く理解することを困難にしています。
メタバースへの理解と参加を通じて、母親世代は子どもたちが日常的に親しんでいる環境を体験し、同じ視点から物事を捉えることが可能になります。これにより、世代を超えた新しい対話の可能性が開かれ、家族内コミュニケーションの質的向上が期待できます。
加齢に伴う身体機能の変化や介護などの家庭環境、経済的制約などにより、物理的な移動や活動に制限を感じているミドルシニア女性は少なくありません。特に、長距離移動を要する旅行や、体力を消耗する活動に対して諦めを感じているケースが多く見られます。
メタバースは、こうした物理的制約を超越した体験を提供する革新的なプラットフォームです。バーチャル空間における「旅行」では、世界各地の名所や文化遺産を詳細に探索することが可能であり、現実の旅行では困難な歴史的な場所や危険地域への「訪問」も実現できます。
さらに、メタバース上での学習体験は、従来の座学では得られない没入感と理解の深化をもたらします。例えば、古代ローマの街並みを実際に歩いて探索したり、美術鑑賞において作品の細部まで間近で観察したりすることが可能になります。知的好奇心の高いミドルシニア女性にとって、こういった経験は自己肯定感を高めるきっかけにもなります。
長年にわたり企業や組織で培ってきた経験とスキルを持つミドルシニア女性にとって、定年や退職は単なる労働からの解放ではなく、しばしば社会的役割や自己実現の機会の喪失として体験されます。特に、マネジメント経験、対人スキル、問題解決能力といった高度なソフトスキルを有している女性にとって、これらの能力を活用する適切な場が見つからないことは大きな社会的損失でもあります。
メタバースは、年齢や外見に関する先入観に影響されることなく、純粋に能力と経験に基づいた活動を可能にする環境を提供します。バーチャル空間におけるコーチング、コンサルティング、教育活動などを通じて、ミドルシニア女性は新しい形でのセカンドキャリアを構築することができます。
また、メタバース環境では、物理的な事務所や設備への投資が不要であるため、比較的低いハードルで独立的な活動を開始することが可能です。これにより、従来の雇用形態にとらわれない、より柔軟で自律的な働き方の選択肢が広がります。
次回は、ミドルシニア女性のメタバース参画を支援する活動について紹介していきます。