1. MetaStep TOP
  2. ビジネス活用を学ぶ
  3. 重ね着や骨格タイプまで―。「WEAR GO LAND 2025」開発者に訊く、ファッションメタバース実現のこだわり

2025.07.04

重ね着や骨格タイプまで―。「WEAR GO LAND 2025」開発者に訊く、ファッションメタバース実現のこだわり

デジタル技術の進歩により、ファッション業界でも新たな体験の提供が求められている。そんな中、総合商社の丸紅が手がける「WEAR GO LAND」は、メタバース上でのファッション体験を提供するプラットフォームとして注目を集め、昨年に続き20255月から第2弾が公開された。

丸紅は「将来的に『メタバース生活圏』が誕生する」と想定し、アパレル事業をメタバース空間で手がけている。(併せて読みたい:2024年度の記事「【直撃】本気の丸紅。メタバースでファッション事業を展開へ」

昨年の第1弾では、16日間の期間限定公開で延べ約6,500名が体験した。アンケート調査では総じて好評で、「メタバースの3D表現でブランドの世界観をより深く知ることができた」「実店舗やECと比較してより良い体験ができた」といった声が6-7割の回答者から寄せられたという。今年はさらに改良を重ね、よりメタバース空間のファッション体験価値を高めている。メタバースイベントの持続的な取り組みが課題とされる中、ひとつのモデルケースとしてメタバース業界でも注目されている。

今回は「WEAR GO LAND」の体験レポートと共に、同プロジェクトを担当する丸紅株式会社 ライフスタイル戦略企画部 企画課今村 星斗 氏と、技術開発を担当するAlche株式会社 代表取締役社長 川 大揮 氏にお話を伺った。(文=咲文でんこ、MetaStep編集部)


「試着の悩み」を解決するアバターカスタマイズ。重ね着も可能

オンラインショッピングで服を買う時、「実際に着てみないと分からない」と感じたことはないだろうか。丸紅が提供するメタバース「WEAR GO LAND」は、その悩みを解決する新しいアプローチを提案している。

自分だけのアバターを作成し、実在するファッションブランドの服を実際に「試着」できるのだ。しかも、単純な着せ替えではない。今年から実装された機能では、私たちが普段行っている「重ね着」まで再現されている。

「今日は肌寒いからシャツの上にカーディガンを羽織ろう」「ジャケットを脱いだ時のコーディネートも確認したい」——そんな日常の服選びと同じ感覚で、デジタル空間でファッションを楽しめる。

ファッションをカスタマイズできる多くのプラットフォームでは技術的に困難とされてきた重ね着機能を、「WEAR GO LAND」では自然に体験できる。異なるブランドのアイテムを組み合わせることも可能で、まさに現実のクローゼットから服を選ぶような感覚だ。

  

骨格タイプのカスタマイズで失敗しない服選び

「この服、モデルさんが着ているのを見ると素敵だけど、自分が着たらどうなるかな?」——そんな疑問を解決する機能が骨格タイプをカスタマイズできるシステムだ。

最近SNSや雑誌でよく目にする「骨格診断」。ウェーブ、ストレート、ナチュラルという体型分類で、自分に似合う服の傾向を知ることができる診断結果を、「WEAR GO LAND」ではマネキンに着せて確認できる。

例えば、同じワンピースでも、ウェーブ体型の人が着ると、どんなシルエットになるか、ストレート体型の人には、どの部分が似合って見えるか、ナチュラル体型の人にとって、最適な着こなし方は何か……。

これらを事前に視覚的に確認できるため、「買ったけど似合わなかった」という失敗を大幅に減らせるのだ。

 

Instagram映えするお店で気分もアップ。デジタルだから実現できる空間

そして、実際に「WEAR GO LAND」を訪れると、まず目を引くのが各ブランドショップのユニークなデザインだ。特に印象的なのが9090(ナインティナインティ)のショップ。

白黒のゼブラ柄の床、ピンクの絨毯、そして店内中央にドーンと置かれた巨大な熊のぬいぐるみ。現実の商業施設なら「コストが高すぎる」「近隣店舗への配慮」などの理由で実現不可能なデザインが、デジタル空間では自由に表現されている。

これは単なる見た目の話ではない。私たちがショッピングする時の「気分」に大きく影響する。お気に入りのカフェや雑貨店で過ごす時間が特別に感じられるように、魅力的な空間でのショッピング体験は、商品そのものへの印象も変える。

「WEAR GO LAND」では、各ブランドが理想とする世界観を制約なく表現しているため、そのブランドの本当の魅力により深く触れることができる。

「メタバースって、特別な機器が必要なのでは?」と思う方も多いだろう。しかし「WEAR GO LAND」は、あなたが今手にしているスマートフォンで十分楽しめる。

筆者は「iPhone 12 Pro Max」を使用してアクセスしたのだが、起動は数秒、操作もスムーズで、まったくストレスを感じなかった。手軽に体験できなければユーザーは離脱してしまう。そうした事象を回避するのは非常に重要な要素だ。

ゲーム感覚で続けたくなるミッションシステムでもっと楽しく

「WEAR GO LAND」には、利用するほど楽しくなる仕組みが巧妙に組み込まれている。それが「ミッションシステム」だ。

フォトブースにエントリーすることや、アバターをカスタマイズすること、また本アプリにログインするなど、日常的なアクションが「ミッション」として設定されている。達成すると新しいアイテムなどがアンロックされる。まるでゲームのような感覚で何度もアクセスし、様々なアクションを取りたくなるのだ。

  

メタバースによりあなたのファッションライフが変わる可能性

「WEAR GO LAND」が提案するのは、単なる新しいショッピング方法ではない。私たちとファッションとの関係性そのものを変える可能性を秘めている。

 失敗を恐れずに新しいスタイルにチャレンジできたり、自分の体型に似合う服を探せたり。デジタル空間ならではの表現がされたブランドの世界観により深く触れられることもポイントだ。

これらの体験は、リアル店舗でもECサイトでも味わえない、メタバースならではの価値だ。ファッションに興味がある人はもちろん、「服選びが苦手」と感じている人にこそ、一度体験してほしいプラットフォームだ。

 

アバターの重ね着機能を実装するための技術的挑戦と実現への道のり

2025年版で特に注目すべきは、アバターのカスタマイズ機能の大幅な向上だ。昨年は約50種類の準備されたアバターから選択する形式だったが、今年は体型や顔、コーディネートを自在に組み合わせられるようになった。その中でも最大の技術的挑戦が「重ね着機能」の実装だった。「ファッションをテーマにしたメタバースである以上、アバターの着せ替え、特にトップスにアウターを重ね着できる機能は絶対に実現したかったですね」(今村氏)。

この機能には、メタバースイベントでの表現に挑戦し続けるAlcheの技術が活かされている。川氏は次のように語る。

「アバターの重ね着機能は他のアプリではあまり実現されていないチャレンジでした。しかも今回は仕様が異なる複数ブランドにまたがってそれを実現する必要がありました」。

複数ブランドということは、それぞれ仕様が異なるモデルを統一的に扱う必要があることを意味する。「3Dモデルは、重ね着をした時に下の服が貫通してしまう問題があります。そこを見えないように、かつアニメーション時にも破綻が起きないよう調整しています。さらにモバイル環境でも重ね着によりポリゴン数が増えても耐えられるような仕組みを作る必要がありました。今回は体型変形をさせるという要件もあったので、その調整も課題の1つでした」(川氏)。(併せて読みたい:Alche CEOが語る! 心をつかむバーチャルイベントの活かし方

Alche株式会社 代表取締役社長 川 大揮 氏

骨格タイプカスタマイズの導入

先週金曜日には新たに「コーディネートルーム」がオープンし、骨格診断に基づく着用シミュレーション機能が追加された。ウェーブ、ストレート、ナチュラルといった体型分類に対応し、同じ服でも体型によって見え方がどう変わるかを確認できる。

「昨年のコーディネート相談サービスでは身長のみで5分類のマネキンにパターン分けしていましたが、ユーザーから『体型のバリエーションを増やしてほしい』という声をいただきました。そこで今回は女性の体型に合わせたファッション選びを可能にしています」(今村氏)。

この取り組みは、現在女性ファッションで注目されている骨格診断ブームを的確に捉えた対応といえる。ユーザー目線での改善要求に応え、より実用的なファッション体験を提供している。

「体型変形機能により、標準体型だけでなく、ウェーブの人が着たらこう見える、ストレートの人が着たらこう見えるという着用シミュレーションを実現しました。昨年はできなかった新機能です」(今村氏)。

9090のピンクとゼブラ柄が示す「リアルでできないこと」の価値

ブランドからの反応について今村氏は、特にショップの作り込み具合が高く評価されていると語る。「バーチャルでここまで表現できるという驚きの声をいただいています。特に9090のショップは好例で、ピンクとゼブラ柄の地面という、実店舗では商業施設の都合で実現困難なデザインでも、バーチャル空間なら自由に表現できます」

実際に、リアルな制約を超えた表現の例として、巨大なキーチェーンのぬいぐるみがドーンと置かれている。「巨大なぬいぐるみをリアルで作ろうと思うと費用もかかります。バーチャル空間だからこそできるブランドの世界観表現ができています」(今村氏)

このようなデジタルならではの表現を実現するため、開発チームとブランド側で密なコミュニケーションを重ねた。川氏は次のように語る。

「リアルと同じものを作るのは、デジタルでやる意味がもったいないと考えています。『こんなことをリアルでやると大変だよね』『お金がかかるよね』ということを、デジタルだからできるという前提のもと関係者で共有することが重要です」

関係者の学習が生んだ高品質な成果

プロジェクト成功の重要な要因として、関係者全員のメタバースに対する理解の深さが挙げられる。川氏は次のように評価する。

「今村さんも含めて、メタバースの専門用語や『これはできる、これはできない』といった技術的な制約について、通じる言葉がすごく多かったんです。そのおかげで調整がスムーズに進み、安心して突っ込んだデザインの話ができました」

この関係者の理解度の高さは、読者にとっても重要な学びとなる。メタバースプロジェクトを成功させるためには、発注側もある程度の技術理解が必要ということだ。

「専門用語の共有ができると、全体のクオリティやできることの幅が段々と上がっていきます。それができないと、安直にリアルの再現をしようとしたり、表現の幅が狭くなって『別にここでやらなくてもいいじゃん』というものが増えてしまいます。前提として私たちが持っている技術と、お客様が持っている知識をすり合わせ、信頼してもらえることが重要です」(川氏)

川氏は開発における最大の課題として重ね着機能を挙げる。「複数ブランドの仕様が異なるモデルを統一的に扱い、体型変形にも対応させる必要がありました。また、モバイル環境での動作を前提とし、重ね着によるポリゴン数増加にも対応する必要がありました」

さらに、ブランドの世界観を表現する際の工夫について、川氏は次のように語る。

「リアルと同じものを作るのはもったいないと考えています。デジタルだからこそできる表現、実店舗では予算や規制の関係で実現困難なデザインを追求することで、ブランドの世界観をより豊かに表現できます」

プロジェクト成功の要因は密なコミュニケーション

プロジェクトを成功に導いた要因として、両者は密なコミュニケーションの重要性を強調する。

「企画の方向性を具体化するため、昨年夏の終わりから秋口にかけて、3者(丸紅、アルシエ、代理店)でずっと議論を重ねました。毎日のように連絡を取り合い、要件定義から詳細まで詰めていきました」(今村氏)

川氏も同様の認識を示す。「技術的な専門用語やできること・できないことの共有がスムーズで、前提条件の高いところから踏み込んだ議論ができました。お客様との信頼関係を築き、『この人たちに任せれば良いものを作ってくれる』と思ってもらえることが重要です」

外部プラットフォーム連携で広がる可能性

長期的な展望について今村氏はビジョンを語る。

「まずはこの実証実験を通じてニーズを確認し、事業として取り組める方向性を見出したいと思います。その上で、デジタルファッションモールの規模拡大と常設化を目指します。将来的には外部プラットフォームとのオープン化、共通規格化が規模拡大の意味で重要になると考えています。」(今村氏)

さらに、ファッション以外の領域への展開も視野に入れている。「ライブやスポーツなど、親和性がある領域への拡張も考えています。将来的には総合ライフスタイルプラットフォームにするための1つのきっかけがファッションであって、ファッションだけに閉ざす必要もないと思っています」(今村氏)。

丸紅株式会社 ライフスタイル戦略企画部 企画課 今村 星斗 氏

丸紅では他部署でも不動産のデジタルツインなどメタバース活用の事例があり、横断的な連携の可能性も秘めている。「不動産部隊でのデジタルツイン、商業施設開発、街開発など、メタバースという軸で横連携できる要素が社内に多数あります。そういった組織を横断してメタバースを活用していければ良いなと思っています」(今村氏)。

WEAR GO LAND 2025は、技術的な挑戦と商業的な実証を両立させた興味深いプロジェクトだ。アバターカスタマイズの高度化、骨格診断の導入、ブランド世界観の表現など、従来のECサイトや実店舗では実現困難な体験を提供している。

今回の実証実験を通じて、メタバース×ファッションの新たな可能性が確実に見えてきている。技術的な進歩と商業的な需要の両輪で発展を続けるこの分野の今後の展開に注目したい。