世界に東京の文化や産業の魅力を届ける。2024年1月から東京の魅力を国内外に発信した「Virtual Edo-Tokyo(バーチャルエドトーキョー)プロジェクト」が話題を生んだ。「持続可能な新しい価値」を生み出す「Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyo」を推進する取組の一環として、令和6年1月から2月にかけて、メタバースを活用して東京の魅力を国内外に発信していく取組であった。「再現性」「非日常」「交流」を軸にユーザーに飽きさせない仕組みを随所に施し、延べ92万人の来場という成功を収めた。メタバースは、新たな都市づくりの起爆剤となるのか。今回、MetaStep(メタステップ)編集部は、国内最大級のメタバースイベントの制作ディレクションを手掛けたTOPPAN株式会社の担当者を直撃。舞台裏に迫った。(文=MetaStep編集部)
©東京都政策企画局
東京都は、都市課題の解決に向けた挑戦や東京の多彩な魅力を、「Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyo」として国内外に発信している。2024年4月から5月には、未来の都市モデルを発信する大型の国際イベント「SusHi Tech Tokyo 2024」が開催された「Virtual Edo-Tokyo プロジェクト」は、メタバースを活用して東京の歴史や文化、産業などを体感してもらおうというもの。「SusHi Tech Tokyo 2024」の見どころも紹介し、集客としての役も担った。6つのテーマワールドと関連したさまざまなワールドは合計60以上にものぼり、一大メタバースイベントの様相を呈した。
©東京都政策企画局 個性的な6つのワールドにはユーザーを飽きさせない仕組みが施されている(24年3月時点)
ユーザー満足度を高めるため、留意されたのは下記の点だという。
※()内はエリア名
1.再現性=現存しない建物や日頃は見ることが難しいモノを再現。例:江戸城(Edo)、Museumゾーン(Park)、江戸前寿司(Entrance)
2.非日常性=リアルでは味わうことが難しいコトを疑似体験。例:江戸の町(Edo)、せり体験(Industry)、神津島の星空(Stage)
3.交流=他ユーザー等との「コミュニケーション」を通じて、体験(体感)価値を向上。例:アスレチック(Park)、職業体験ゾーン(Park)、写真スポット(Entrance)
メタバースはただ世界観を再現しただけでは「それっぽいワールドを作っただけ」という印象を持たれてしまうが、再現性、非日常性、交流の要素を複合して盛り込む工夫を施すことで、ユーザー満足度を高める工夫がなされた。
©東京都政策企画局 現存しない江戸城を再現。障壁画や天井まで作りこまれた「虎之間」「大広間」も迫力満点だ
「Edo Area」では、現存しない江戸城の一部区画を散策可能。天井、欄干、畳など細部にまでこだわり、壁や障子の絵も新たに書き起こし、メタバースで再現しうる限りの 高いリアリティの江戸城を再現するため、監修者と共に構築したとのこと。
©東京都政策企画局 メタバースならではの江戸の街並みを構築するため、2Dの人物・建物の切り絵を配置。リアルでは体験できない当時の町を、スタンプラリー等を行いながら散策できる
©東京都政策企画局 伊豆諸島の有人島の一つである、神津島のきれいな星空が体験できる
他のエリアでも、「リアルとバーチャルが融合した空間体験」が演出されている。「Stage Area」では、360°撮影が可能なカメラを用いて、神津島の星空を撮影。星空の魅力を最大限活かせるよう、遮蔽物を避け、視線が通る、抜け感ある空間が演出されている。海上で満点の星空の下でのイベント参加という、現実ではなかなか味わうことができない体験を提供。
©東京都政策企画局 リアルのイベント会場が海の中に
「SusHi Tech Tokyo Area」では、リアルのイベント会場を海の中に再現。細かな光の表現にも気を配り、波の揺らめきにこだわった高いリアリティを実現。海中でコンテンツを体感する非日常的な環境を演出している。
もちろん、ただ鑑賞するだけでは終わらせない。エリア内には、謎解きやクイズなどのコンテンツを多数用意 。遊び心をくすぐる仕掛けがふんだんに盛り込まれ、より深く、各エリアのコンセプトを理解できる仕組みとなっている。コンテンツのアイデアには、プロのメタバースクリエイターの意見だけでなく、販促物のデザイナーといった、メタバース専門外の社員とのディスカッションにより生まれたものも多いという。「メタバースのことを熟知しているデザイナーだけでなくさまざまなメンバーと壁打ちすることで、規制の概念に縛られない、新しいアイデアが出てくるような工夫を凝らした」とのこと。
制作段階で、運営側が特にこだわったのが「ユーザーが楽しめる仕組み」だ。
©東京都政策企画局
「Park Area」では、こどもから大人まで楽しめるアスレチックを制作し、他ユーザーや運営スタッフと交流できる仕組みを創出。ギミックに「SusHi Tech Tokyo」ロゴを取り入れ、遊びの中で、SusHi Tech Tokyoの取り組みもしっかり発信できる形に。特に「ワールド内の滞在時間にメリハリをつけること」と「随所に設けたゲームの難易度」にはこだわったようだ。
今回のディレクション業務を手掛けたTOPPAN株式会社 ビジネストランスフォーメーション事業部の小林 正典 氏は、ユーザビリティや再来訪のために、細かい作り込みにこだわったと言い、その思いを熱く語る。
TOPPAN株式会社 情報コミュニケーション事業本部 ビジネストランスフォーメーション事業部 エクスペリエンスデザイン第二本部 OMOマーケティング部3T 課長 兼 Web3・メタバース事業推進プロジェクト 小林 正典 氏
「アバターでワールド内を自由に歩き回れるのがメタバースの面白い点ですが、仕掛けや展示などが用意されていない場所を歩くのはやはり退屈なものです。そこで、広すぎる場所はアバターの歩くスピードを早くしたり、移動専用の道は、実際よりも短く設計したりしました。このような工夫は予算削減にもつながり、その分、予算をかけて制作したいところにしっかり割けるようになる、といった予算配分の最適化にもつながりました。
また、遊べるゲームの難易度はリピーターを呼べるかどうかに大きく影響しますから、本格的なゲームコンテンツ同様に簡単には攻略できないようにしています」
今回のプロジェクトにおいて、PRにも工夫を凝らしたという。「プロモーションには、フォロワー数が1万人以下のナノインフルエンサーと呼ばれる人たちを起用して施策を展開しました。各自情報を発信してもらったり、それぞれのファンの方と一緒にワールドを回るイベントを開催してもらったり――。ナノインフルエンサーの方にお願いしたのは、『cluster』というプラットフォームには人が人を呼ぶという特徴があるからです。同じ100万人のフォロワー目当てのPRを行うにしても、メガインフルエンサー1人よりも、100人のナノインフルエンサーに頼んだ方が、波及効果が高いと考えました」(小林氏)
今回のプロジェクトは、デジタル・VR関係に関心を持つ若い世代もターゲットに入っている。Xでの「#VirtualEdoTokyo」タグの発信者は、30代までが殆どを占め、ターゲット層の若者中心に展開されたといえるだろう。
その他、ワールド内でアバターが身に着けられるイヤリングなどのアクセサリーをプレゼントする施策なども展開。こちらもアバターを飾ることを楽しむ文化が醸成されている「cluster」の特性を視野に入れたものだ。
幅広い認知獲得に向けて、PR Times等の各配信プラットフォームでの発信はもちろん、clusterユーザーが多く利用するX(旧twitter)を中心に、Facebook、Instagram等を活用したPRも盛り込んだ。東京都アカウントのほか、イベント出演者や応援サポーターが、イベント前等に開催告知等を発信。結果、「Virtual Edo-Tokyoプロジェクト」には、26日の開催期間中で、一日平均3万5千人、合計92万人のアクセスがあった。プラットフォームの特性に合わせて、細部まで考え抜かれたコンテンツの用意はもちろん、こういったPR施策への工夫も熱狂を生んだ要因になっているだろう。
TOPPAN株式会社 情報コミュニケーション事業本部 ビジネストランスフォーメーション事業部 エクスペリエンスデザイン第二本部 OMOマーケティング部 3T メタバースプランナー 島崎 郁花 氏
「興味深いのがワールドを公開して1週間ほど経つと、こちらが思いもしなかったような流れが生まれたことです。はじめは用意されたコンテンツを楽しんでいたユーザー同士がつながり始めて、それぞれが新たな楽しみ方を見出していったようです」。そう語るのは日ごろclusterユーザーでもあるという今回のプロジェクトの中心人物のひとり、島崎 郁花 氏。
「ワールド内を紹介する動画を制作してYouTubeにアップロードするユーザーや、『Virtual Edo-Tokyoプロジェクト』の開催を称える自作のラップ曲を披露するユーザーなどが現れたんです。
他にも、難易度もかなり高くしていたメタバース内ゲームも、想定以上の短期間でクリアするユーザーが現れたんです。我々ですらクリアが厳しかったのに!(笑) きっと、やり応えがあったからなのか、やりこんでくれる人がいたんですね。このプロジェクトに人がたくさん集まっていて、皆の注目が集まる場所であったからこそ、こうした盛り上がりが発生したのかなと思います」
もちろん課題も見えたようだ。来場者の殆どが日本国内からの参加で、国外からの来場者に東京の魅力を分かりやすく伝えるためには、多言語対応は不可欠な課題であること。他にも、SNSの閲覧等と来場者数には大きな隔たりがあったため、来場まで繋げるには一層の動機づけが必要なことなどが挙げられた。しかし、これらは次なる施策への布石になる事は間違いない。今後運営していく「SusHi Tech Tokyo」の活動において、これらの知見を生かし、更なる東京の魅力発信に繋げていくだろう。
ユーザーの大きな反響を貰えたのは、決して「行政の大規模プロジェクト」だから、という単純な話ではない。東京から世界に向けて、「SusHi Tech Tokyo」の取り組みを正しく伝えつつ、メタバース自体の面白さを追求する、運営側の熱意ある作りこみがあったからだ。
「メタバースは、魔法の道具ではありません。かつては、メタバースを作るだけで物珍しくて集客できたフェーズもあったでしょうが、もはやそのフェーズにはありません。例えば、飲食店を想像してみてください。どんなに立派でおしゃれな内装を施しても、認知されなければ誰もお店を訪問してくれません。たくさんPRをして仮にお客様が来ていただいたとしても、美味しい料理が提供されていなければ、人は二度と足を運んでくれません。
ワールドやコンテンツづくりにこだわり、PR施策も試行錯誤しながらさまざまなトライをする。それは、他の施策と何ら変わりがありません。むしろこうしたフェーズになってきたからこそ、きっとこれからのメタバースはもっと面白くなるし、可能性も高い。何よりそこに作り手の熱量が大事なのは言うまでもありません」(小林氏)