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2025.03.19

アイデンティティ・クライシス: メタバースのアバターは人間か、それともピクセルか?

ここ数年AIを始め、XR、Web3、メタバースの各分野の発展はめざましいものがある。しかし発展を喜ぶ一方で、各分野は法整備すらままならず、グレーゾーンも存在するといった状態で、誰もその勢いを止められないでいる。ビジネス活用を推進する我々MetaStepとしては、現状を冷静に分析し、法的観点から各分野を考えていく必要がある。

そこで我々は、JapanStepプロジェクトを後援いただいているガンマ法律事務所に寄稿を依頼。同事務所は、サンフランシスコとニューヨークにオフィスを構える法律事務所。最先端のWeb3・XR・メタバースの専門知識を有し、メディアやエンターテインメント・テクノロジー業界に精通している。

各業界のスタートアップから、国際的な著名度を有するメディア企業や大手ゲーム企業まで多岐にわたる支援を行ってきた同事務所は、法的観点から各分野を考察するコラムを自社掲載中。MetaStepにも掲載を頂けることに。第1回は「メタバースのアバターは人間か、ピクセルか」。ぜひご一読頂きたい。

ガンマ法律事務所 代表弁護士(マネージング・パートナー) 

David Hoppe(デイビット・ホッピ)

デジタル・メディア、ビデオゲームとバーチャル・リアリティーを専門分野とし、最先端のメディア、テクノロジー関係の企業を、30年近くクライアントとしてきた。洗練さと国際的な視点を兼ね備え、スタートアップ業界、新興企業、またグローバル化使用とする企業の現実を、実践経験から理解する国際的な取引交渉弁護士として活躍。世界各国に事務所を置く国際的弁護士事務所Jones DayとWhite & Caseからキャリアをスタートさせ、NASDAQ上場のウェブ・ポータルであるExcite.comの国際弁護士を務め、日本のビデオゲームの出版社であるカプコンの北米ゼネラル・カウンシルとしての職務を務めた。

メタバース内のアバターは、ユーザーのデジタルアイデンティティを表現し、個人が仮想環境内を自由に移動したり、多様なインタラクションを行ったりすることを可能にします。アバターは、メタバース内のユーザーを体現するデジタル・ペルソナであり、ユーザーが自由にカスタマイズできるキャラクターです。これらのアバターは、リアルな外見やファンタジーのビジュアルや、さらには現実とフィクションを融合させた姿を反映するようにデザインされています。アバターを通じて、ユーザーは視覚的に自己表現をし、仮想環境と交流することができます。さらに、アバターを介して、ユーザーは歩いたり、話したり、物に触れたり、仮想の物体を所有したり、法的拘束力のある契約を結んだりすることも可能です。

つまり、アバターはメタバースにおける市民と見なすことができます。しかし、アバターに人格が認められるべきかという問題があります。AIの人格に関する法的な課題については過去の記事で考察しましたが、AIがどれほどの知覚能力を持っていたとしても、メタバースのアバターは人間のコントローラーの指示に従って行動する点で明確に異なります。

アバター: デジタル上のあなた

AIシステムは人間のような行動を示すソフトウェアプログラムですが、アバターは通常、実際の人間のデジタル表現や仮想的な具現化として存在します。デジタル表現の背後にいる人間はすでに人権を行使できるため、一見するとアバターの人格を考慮する必要はないように思えます。アバターが自律的でないことから、一部の論者は、アバターは「個人」ではなく、その指示を出す人間から切り離せないと主張しています。ただし、アバターはデジタル上で人間の代理として、外見や話し方、反応を自分の好みにカスタマイズすることが可能です。

このアバターをカスタマイズする能力は、デジタル空間における自己や他者の仮想表現をどのように認識し、どのように関与するかについて興味深い疑問を提起します。アバターは仮想世界における代理人としての役割を果たす一方で、現実世界での立場とはまったく異なる人格や役割を担うこともできます。メタバースにおける最終目標である相互運用性が実現すれば、アバターが同一人物として、さまざまな領域をシームレスに移動できるようになります。たとえば、私たちはある領域で仕事の一環としてプロトタイプのデモンストレーションに参加し、別のプラットフォームでラケットボールを楽しみ、また別の場所でバーチャルコンサートの最前列に座ることもできるのです。

しかし、メタバースのメガマインドが相互運用性を実現したとしても、サイバースペースで別の人格を維持することを好むユーザーも存在するでしょう。メタバースは、アバターに変身することで自己から離れる自由をを提供します。たとえば、企業の経営者は、経営者としての役割を演じるアバター、夜の副業を営むためのアバター、そして宇宙人の侵略から地球を守るアバターをそれぞれ作成するかもしれません。これらのアバターは独立して同時に存在しますが、法律上、それぞれを別々のバーチャルな「人格」と見なすべきなのでしょうか?

自由と責任

Web3のイノベーションの中心には、ユーザーに仮想アイデンティティやアバターへの前例のないコントロールを提供する分散型構造があります。しかし、この分散化は、ユーザーの自主性とアバターの行動に対する説明責任の間に複雑な緊張関係を生み出します。

メタバース内の社会的交流は、現実世界の交流を反映しています。アバターを通じて、ユーザーは他のユーザーとコミュニケーションを取り、協力し、交流を深めることができるため、仮想空間におけるコミュニティ意識や帰属感を育むことができます。しかし、この自由な表現や交流は、ユーザーの行動や責任能力に関する懸念も引き起こします。現実世界と同様に、メタバース内での行動は、個人や仕事上の人間関係、評判に影響を与え、場合によっては法的な問題に発展するなど、重大な結果をもたらす可能性があります。

メタバース内の経済活動は、ユーザーの管理と説明責任の複雑さを一層深める要因となります。アバターは、仮想商品の売買や仮想不動産市場への参加など、さまざまな商業活動に従事することができます。これらの経済取引ではしばしば仮想通貨が使用され、仮想世界と現実世界の資産の区別が曖昧になります。その結果、契約、財産所有権、金融取引に関する紛争が生じるリスクがあり、メタバース内での紛争解決や法的強制のメカニズムが求められています。

メタバースの分散型という性質により、責任の所在の問題は複雑化します。従来の規制枠組みは進化するデジタル環境に適応するのが難しく、仮想上のやりとりを監視する中央当局が存在しないため、ユーザーは権利、責任、結果の複雑な網の目を自力で進む必要があります。分散化によって、ユーザーは仮想上のアイデンティティに対してより大きな自主性を持つことができますが、一方でアバターの行動に対する責任を誰が負うのかという疑問も浮かび上がります。

メタバースにおける民事および刑事責任は、世界中の法制度にとって大きな課題となっています。管轄権の決定、契約の履行、仮想犯罪の起訴など、新たな法的ジレンマが生じており、革新的な解決策が求められています。さらに、アバターによる匿名性は、詐欺や嫌がらせ、知的財産権侵害といった違法行為を助長し、説明責任やエンフォースメントの問題を一層複雑化しています。

アバターの人格認識に関する法的利点と課題

アバターに人格を付与することを推進する人々は、ユーザーの責任感や所有意識を深めることができると主張しています。彼らは、アバターが法的な存在として認められることで、ユーザーが倫理的かつ責任感を持って行動するようになり、現実世界の社会契約がメタバースにも拡張される可能性があると考えています。この考え方は、デジタル上の行動が現実世界での責任に影響を与えるとの認識を促し、結果的にユーザーの行動や相互交流の質が向上することにつながるでしょう。

経済活動がデジタル領域へ移行するにつれて、アバターに人格や市民権を与えることで、メタバースでの取引を合理化できる可能性があります。アバターが法人格を持つことで、デジタル資産の所有や契約の締結、商取引が可能になります。これにより、詐欺のリスクを低減し、信頼性を向上させることができるほか、より堅牢なデジタル経済が促進されます。また、紛争解決プロセスを簡素化し、金銭や契約に関する意見の相違が生じた際に、明確な救済手段を提供することができます。

しかし一方で、法的な問題やロジスティクス、技術的な課題があるため、アバターを人間の一員として扱うことが妨げられる可能性があります。

アバターに人格を付与する際の大きな課題のひとつは、その地位を明確に定義するための法的基準を確立することが難しい点です。企業は構造化され、規制された存在であるのに対し、アバターは流動的であり、容易に変更されたり新たに作成されたりします。この文脈で人格の定義基準を定めることは複雑であり、議論を引き起こす可能性があります。その結果、主観的な法の適用が一貫性を欠く恐れがあります。

非人間的存在に権利と義務を課すことは、新たな現実的な問題を提起します。アバターが単に人間ユーザーの代理である場合、そのアバターに責任能力を持たせることは適切でしょうか?善意であっても、思わぬ問題を引き起こす可能性があります。また、アバターに人格を付与することは、現実世界の責任や行動に対する期待から逃れようとする悪意のある人々にとって、好機会となる危険性があります。たとえば、ジキル博士が罪の意識を感じることなく、ハイド氏のアバターを使って無防備なメタバースの一般市民に害を及ぼすことは容易に想像できます。このように、仮想空間における法的責任や管轄権の問題、法的罰則を適用することは非常に複雑であり、法的に人格を持つという概念の有効性を損なう可能性があります。

これらの課題に対する解決策が得られ、社会がアバターに人間としての地位を与えるべきだと判断するまでの間、アバターの行動を制御し、生産的な目的に役立てるための枠組みを構築することが最善策となります。

アバターの責任能力 — 法的枠組み

メタバースでの不適切な行動に対処することは、ユーザーの責任の複雑性を理解する上で重要です。たとえメタバースのアバターに人格を認めることができなくても、ステークホルダーはアバターの行動を追跡し、その行動を制御している人物に帰属させることが可能です。しかし、Web3テクノロジーによって実現された分散化とユーザーの匿名性のため、成功を収めるには多角的なアプローチが不可欠です。

●コミュニティでの管理 — プラットフォームは、ユーザーが不適切なアバターの行動を報告できるようにし、適切な措置を迅速に講じるために指定のモデレーターを割り当てる権限を持たせる必要があります。これには、警告の発行、使用停止、特定のメタバース環境からの追放、さらには重大な違反行為があった際の適切な法執行機関への通知が含まれることがあります。

●デジタル・レピュテーション・マネジメント — アバターに他のユーザーとのやりとりに基づいてレピュテーション・スコアを割り当てることで、好ましい行動を促進できます。高いスコアを獲得したユーザーには、メタバース内の限定機能や特典へのアクセスが提供されます。一方で、好ましくない行動はレピュテーション・スコアの低下を招き、特定のエリアや特典へのアクセスが制限される可能性があります。これらのスコアはメタバース内の他のユーザーにも表示されるため、ユーザーは誰と交流するかを情報に基づいて判断できるようになります。

●分散型執行 — プラットフォームは、ブロックチェーン技術に内在する透明性と非改ざん性を活用して、デジタル資産の明確な所有権を確立し、メタバース内の取引を追跡できます。これにより、アバターによる不正行為を防止し、紛争解決プロセスを促進することが可能となります。

●比例責任 — このアプローチでは、仮想環境内で誰が責任を負うかを決定する際に、犯罪の深刻さ、ユーザーの意図、および潜在的な被害を考慮します。たとえば、故意に悪意のある行為をアバターが行った場合、その人間ユーザーが責任を負うことになりますが、意図しないミスや誤解については、メタバース内で適切に対処される可能性があります。

結論

合理化された仮想存在の魅力は明白ですが、エンフォースメント、説明責任、法制度への影響といった現実的な観点から見ると、ユーザーのデジタル表現であるアバターには、人格に関連する自律性と責任を保証する本質的な資質が欠けています。アバターは人間の経験の延長であり、法的に承認されるべき独立した存在ではないと言えます。

メタバースは、現実と仮想の境界が曖昧になる無限の可能性を提供します。しかし、それがアバターに法人格を与える必要性を示すわけではありません。法制度は独立した思考と行動が可能な実体に適応するように設計されていますが、アバターはそのような存在ではありません。むしろ、アバターはユーザーによって制御され、その意志や行動がデジタル空間内に反映される存在です。

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